2021-07-03

読んだ本,「アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集」(ルゴーネス)

 「アルゼンチン短編集」で初めて読んだルゴーネスが魅力的で,光文社古典新訳文庫にラインアップがあるのを知って嬉しくなった(大西亮訳)。早速,読了。これぞ幻想小説という作品世界にどっぷり浸かる。不穏な世界に安心するというなぞかけのような読書だった。

 ルゴーネス(1874-1938)はボルヘスが敬愛してやまない作家だという。訳者による解説が詳しい。「ボルヘスやカサーレス,コルタサルを中心とする『ラプラタ幻想文学』の源流に位置する作家」とある。

 「アルゼンチン短編集」所収の「イスール」はサルにことばを話させようとする科学者の話。本書の「不可解な現象」もサルがモチーフになっている。モチーフ? 否,人間と動物の曖昧な境界としてのサル。境界? それも違う。ルゴーネスの小説世界において,人間と限りなく合一化する動物としてのサル。男はこのように告白する。

 「苦悩に満ちた覚醒が訪れるようになったある日の晩,わたしはおのれの分身をこの目で見てやろうと決心しました。忘我の眠りのなかで,わたし自身でありながらわたしから出ていくものがいったい何なのか,それを見届けてやろうと思ったのです」(p.96)

 それが猿なのだった。「わたし」と「男」の会話を,食堂の隅から息をひそめるように盗み聞きした私は,この短編の結末が「男」の体験した哀しき現実だったのか,それとも「わたし」と「男」と読者である私の3人が見た幻想だったのか,今もわからない。

 ところで,ラテンアメリカ文学における猿のイメージはどうしてもオクタビオ・パスの「大いなる文法学者の猿」に結びついてしまう。ルゴーネスの猿はパスに何らかのインスピレーションを与えたのだろうか?どうにも難解で何度も挫折した「大いなる…」をこの機会に再チャレンジしてみようか,と無謀にも考えている。

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