東京・春・音楽祭2026のプログラムで東京文化会館小ホールに荘村清志のギターを聴きに行く。「武満徹 没後30年に寄せて」というタイトルのコンサートはオール武満徹プログラム。前半は「フォリオス」「ギターのための12の歌」より5曲,「すべては薄明のなかでーギターのための4つの小品」,後半は「エキノクス」「ギターのための12の歌」より4曲,「森のなかでーギターのための3つの小品」。なんとも贅沢なギター1本の2時間だった。荘村清志の武満徹への敬慕の想いが溢れる美しい演奏に思わず涙ぐみそうになる。
狛江の駅からすぐの狛江エコルマホールに川口成彦のフォルテピアノによる「開館30周年企画 ベートーヴェンをたたえてⅧ 大公/皇帝」を聴きに行く。ピアノソロ「エリーゼのために」,ピアノ三重奏曲「大公」,ピアノソロ「幻想曲ト短調」,最後のピアノ協奏曲「皇帝」は古楽器の弦楽アンサンブルとの共演。Les Fausses Positions
読書,アート,古いもの,ときどき旅の記憶
2026-03-26
2026年3月,上野・狛江・渋谷,荘村清志のギター・川口成彦のフォルテピアノ・映画「ジョン・クランコ」
2026-03-18
読んだ本,「死んでから俺にはいろんなことがあった」(リカルド・アドルフォ)
「俺」は妻と幼い息子と一緒にただ家に帰りたいだけなのだ。言葉がまったくわからない異国の都会で夜中に道に迷ってしまったばかりに,恐怖の時間を過ごすことになる。
読み進めるうち,「俺」は「くに」で罪を犯して妻と息子と「島」に不法入国した移民であることがわかる。タイトルの「死んでから」は肉体の死ではなく,社会的な「死」を意味していることがこんな一節から読み取れる。
「俺はここの人間じゃないんだ。俺は存在していない。だが,死人のまま生きるのに慣れることなんでできやしない。」(p.29)
2023年に翻訳された本作は2009年に発表されたという。日本でも移民問題の認知が進んで,この喜劇仕立ての小説が孕む貧困,移民,差別,家父長制などの問題が私たち日本人が身近に感じて読めるようになったということなのだろう。
たしかに,ポリティカルに読んで考えるべき問題が詰め込まれてはいる。しかし,この「物語」が語るのは,「俺」は家に帰れるのかという一点だ。私は最後まで,「俺」は本当に生きているのか,妻と息子と同じ水平に存在しているのか,地下鉄を降りてバス停を探し,最後は飛行機に乗せられて結局行きつく場所は天国かそれとも地獄なのではないかと,ずっとハラハラしながら読み進めた。リカルド・アドルフォの語る「物語」は頗る面白かった。
2026-03-14
2026年3月,東京・横浜,国立能楽堂定例公演・石田泰尚&石井琢磨リサイタル・ルパン歌舞伎
そして新橋歌劇場でルパン歌舞伎「碧翠の麗城」を楽しく観劇。昨年の南座で見た第一作に続く二作目。前作では右近が演じた石川五右衛門を今作は片岡愛之助がルパンと二役を演じる。どうなのかな,と思っていたら,ルパンと五右衛門の早替わりが見せ場になってて面白い! そして今作はなんといっても中村米吉の瀬織姫が可愛く美しく,お見事というしかない舞台だった。理屈抜きに面白かった!
2026-03-01
2026年3月,2月のコンサート・映画の記録,「角野隼斗」・「黒の牛」
水戸にでかけて角野隼斗ピアノリサイタルChopin Orbitを聴く。これだけの人気だと,もはや気恥ずかしさすら感じてしまうけれど,やはり好きなものは好きってことでいそいそと特急ひたちに乗り込む。グロービスホールの特徴的な内装は梅の花びら? こじんまりとしたホールで,演奏者との親密な距離感がよい感じ。アデスとかヒナステラとか,未知の作曲家との出会いは多幸感にあふれる。水戸は梅の満開には少し早かった。
2月は楽しみにしていた映画「黒の牛」にもでかける。 「十牛図」に着想を得た映画っていったいどんな?と思いつつ,その圧倒的な映像美と深い物語に感動。つまりはこの映画の「物語」とは「十牛図」を生きるということなんだ。第八図「人牛倶忘」の真っ白な図はどうやって?とか,あれ,第九図で終わった?とかとにかく「十牛図」を辿る2時間だった。こういう映画にはやっぱり坂本龍一の音楽が欠かせないよね,という感じ。禅僧役の田中泯も聖と俗を生きる感じがよかった。第十図「入鄽垂手」についてはネタバレになるので内緒。2026年3月,2月の展覧会の記録,「八大山人」・「デューラー」・「ここにいるから」・「ロックフェラー・コレクション」展
上野では西洋美術館ですばらしい特集展示を2つ。「物語る黒線たち―デューラー『三大書物』の木版画」はとにかくすごい熱量の展示。「黙示録」「大受難伝」「聖母伝」の活字印刷本の木版画群を「一挙にすべて公開」するという。美術館の意気込みと鑑賞者の感動が一直線!である。美術展鑑賞の醍醐味を味わう。前川誠郎著のデューラーの伝記を読みたい。同時に常設展内特集展示の「フルーニング美術館・国立西洋美術館所蔵フランドル聖人伝板絵―100年越しの”再会”」展も知的興奮にあふれる内容でお腹いっぱいに。