ドローゴは配属された辺境の砦から出られなくなる。見えざる敵であるタタール人の襲撃をいつしか待ちわびて老年を迎えた彼に襲い掛かるのは「時間」という敵。青年期と老年期における時間の流れる速度の違いが鮮やかに描かれる。
ドローゴが「死」の想念を自覚したときの描写。「時の遁走が,まるで魔法が敗れたみたいに,止まったかに思えた。時の渦巻く流れが最近ではますます激しさを増していたのが,不意にぴたりと止まり,世界はすっかり力なく澱んで,時計だけが空しく動いていた。ドローゴの道は終わり,彼は一様に灰色をした海を前にした淋しい岸辺にたどりついたのだった,そしてまわりには家もなければ,木も,人影もなく,すべてがはるか太古からのままだった。」(pp.248-249)
「時の遁走」が止まる。そうか,人はこうして死を迎えるのか。あっという間に読み終えて,ブッツァーティの他の作品も読みたくなって短編集「神を見た犬」(関口英子訳 光文社古典新訳文庫 2017)も読む。22の短編が収められる。表題作が断然面白い。村人たちが怖れた犬は本当に神の使いなのか,何かを信じて生きるということの意味を改めて考えさせられる。他にコロンブレという名の魚に一生を振り回される漁師ステファノの人生を描く「コロンブレ」,爽やかな読後感にほっとする「聖人たち」など。