帯の惹句には「文学と政治の交差点を大冒険するエンターテイメント衝撃作!」とある。主人公の花村薫は生成AI「カオス・ジェネレーター」を使って歴史上のIFの世界=「ありえたかもしれない世界」であるメタ現実に入っていく。
前作の「大転生時代」もしかり,どこか「私にはついていけない」という通奏低音が常につきまとい,長い長い島田読書遍歴の一つのピースを読み終えたのだ,という半ば強制的な達成感を味わっている。
もちろん,物語の後半にかけて一気呵成に読み進める面白さがあるし,結末には希望もある。部分的にささる文章もあちこちにある。そう,私には「優しいサヨクのための嬉遊曲」を手にしていなかったらというIFがあり得ないのと同じくらい,これから生み出される作品を読まない未来というのも想像できないな,と何だかよくわからないけれども,これが愛読者の宿命?
「あり得たかもしれない別の現実に希望を見出すつもりが,絶望しかなかった。正直,歴史にはほとほと愛想が尽きた。いや歴史にとことん嫌われたというべきか。結局,過去を変えようとするあらゆる行動は裏切られることになっているみたいだ。それはつまり,過去の出来事の帰結が現在であり,未来であるという考え自体が間違っているということではないか。」(p.229)
「確かに過去にも未来にも絶望しかなかった。希望は現在にしかないということかなと思った。」(p.286)