この12月いろいろあって,すっかり更新を怠ってしまった。健全な思考は健全な肉体に宿るということを改めて痛感した日々。
読書も進まなかった。「アイルランド紀行」(栩木伸明 中公新書 2012)をようやく読了。著者はしがきによれば,「自分の記憶と他人の記憶を寄せ集めて,新しいディンシャナハスのアンソロジーをこしらえてみたい」ということ。ディンシャナハスとはアイルランドの
地名が秘める起源や由来の物語のことだという。(はしがきⅲより)
目次を繰るだけでわくわくしてくる。「ケルズの書」、ジョイス「死者たち」・「ユリシーズ」、ベケット、イェイツ、オスカー・ワイルド「ドリアン・グレイの肖像」などなど30の短編はどれも独立していて,まさにアイルランドを旅する気分を満喫できる。
そして今まではつい読み飛ばしてしまっていたかもしれないのが「語り出す数々の顔」の章で紹介されているルイ・ブロッキー。しばらく前にベケット「いざ最悪の方へ」を読み返し,口絵のベケットの肖像がその手によるものだと再認識した画家である。この章ではダブリン市立ヒュー・レーン近代美術館所蔵の「クロンファートへの賛辞」他について語られる。
いつかどこかの古書市で手に入れた「アイルランド絵画の100年」展図録(1997)にまさにその1枚の図版が掲載されていた。クロンファート修道院という古い修道院遺跡の壁には人頭の浮彫がずらりと並び,古代ケルト人の人頭崇拝がキリスト教と結びついたものだという。
図録の解説によれば,ルイ・ブロッキーは「人間のイメージをその頭部にのみ託し,個々の精神のみならず,私たちが共有する過去のイメージもまた喚起させようとした。これらの頭部は(略),それらは相互に孤立しており,精神が存在する魔法の箱としての頭部という,古代ケルトの信仰を視覚的に具現化した」のだという(図録p.93)。
まさに「語り出す」顔をじっと眺める。そしていつかダブリンへ、ヒュー・レーン近代美術館へ、そしてまたいつか彼がインスピレーションを得たというパリの人類学博物館(現ケ・ブランリのことだと思う)を訪れることができる日を夢見て2022年を終えることにしよう。