2019-07-27

読んだ本,「虚人の星」(島田雅彦)

  島田雅彦「虚人の星」(講談社 2015)を読了。表紙カバーは池田学の「予兆」。金沢21世紀美術館で見た個展の,息詰まる緊張感を思い出す。彼は世界の終わりと再生をあまりにも繊細なペンの筆致で描き出した。この装丁は島田雅彦が指定したものと思いたい。
  総理とスパイの意識を交互に語る小説は,そのすべてを一人称で語り尽くす。そして総理もスパイも自らの内に別の人格を持つ。2人が交差する必定は,DNAの必然でもあるのだ。雅彦ワールド全開のストーリーに,文字通り寝食を忘れて没頭した。
 
 スパイの星新一の別人格たちはドルーク(ロシア語で「ともだち」)と呼ばれる。二番目のドルークである「博士虫」のこんな描写が面白かった。
 
 「博士虫は普段はページのあいだや行間で眠っていて,誰かの手でページが開かれるのをひたすら待っている。街の図書館から私が借りてくる本は人気がないようで,貸出中の本は一冊もなかった。ここ十年間は誰もページをめくっていないだろう。本は読まれるためにあるのだが,実質,コトバを閉じ込めておく牢みたいなものだ。/博士虫は本に書かれたコトバを栄養源に成長する。私のようにナイーブな者は寄生されると,何となく「ああ,きたな」とわかる。」(p.57)
 
  「ああ,きたな」という感覚には,私もしばしば遭遇する。寄生される感覚は,読書の悦びでもある。

2019-07-20

2019年7月,風蘭の開花

風蘭「春及殿」が開花しました。とてもよい香り。清楚だけれど,ちょっとおてんばな感じ(?)の花がとてもかわいくて癒されます。

2019-07-15

読んだ本,「人類最年長」(島田雅彦)

  島田雅彦の新刊「人類最年長」(文藝春秋)を読了。1861年生まれ,159歳の死なない男の物語である。奇想天外な設定と思いきや,小説は日本現代史といった趣で,歴史を一人称で紡ぐ試みとでも言えばよいのか,極めて真面目な小説だった。
  雅彦ファンとしては,もう少し毒があっても面白いのにと思いながらも,最終章の「-あなたのおっぱいを触らせてもらえないだろうか。―はあ?」というやり取りに思わず吹き出す。しかし,これは男の身体に宿った不老不死の精霊を引っ越させるための儀式だった。再び,吹き出す。

 「テクノロジーが進化した分,人は劣化したね。昔の人間の方が自分の頭と体をよく使っていた。昔の方がよかったという気はさらさらないよ。人間は元々,原始的にできているんだから,百年二百年じゃ大して変わりゃしない。」(p.265)

 この場所をすっかり放置してしまっていた間に,身近な人の死に接していた。あまりに近すぎて,哀しみとか喪失感に暮れるという感覚もなく,次々と襲い来る事務的な手続きに忙殺され,あまりに忙しく,あまりに疲弊した。

 その合間に読んだ本として,どういうチョイスなんだ,と自らつっこみたくもなるが,「人は死ぬ」というあまりに当たり前な自然の摂理を,一瞬立ち止まって考える時間を得た。おかげで感傷に流されることなく,日々をやり過ごしている。島田雅彦を読んでてよかった。そして文学を,言葉の力を信じていて本当によかった,とそう思う。