2020-02-02

読んだ本,「百年泥」(石井遊佳)

  「百年泥」(新潮社 2018)を読了。2017年の芥川賞受賞作とのこと。作家の石井遊佳とはほぼ同年代。インド・チェンナイ在住だという。大阪生まれで東大院のインド哲学出身と聞いて興味を持って読んでみた。先入観を裏切られない,ユーモアあふれる知的な物語に興奮。
  小説を書く上で,どうしてもわからない,知りたい,と思ったのが「仏教」だったとインタビュー記事にあった。それでインテツに進んだのだという。彼女にとって「仏教を学ぶ」ということは「小説を書く」と同義語だったのかもしれない。読者である私は,この「小説を読む」ことで「仏教を知りたい」という身近で愉快な機会を与えられた。
 
 洪水でたまった百年泥から行方不明者がひょっこりと現れたり,有翼飛行通勤の権利を持つ特権階級など,奇想天外な展開はマジックリアリズムの手法のようでもある。語り手の「私」は企業内でインド人青年たちに日本語を教えている。

 「かつて綴られなかった手紙,眺められなかった風景,聴かれなかった歌。話されなかったことば,濡れなかった雨,ふれられなかった唇が,百年泥だ。あったかもしれない人生,実際は生きられることがなかった人生,あるいはあとから追伸を書き込むための付箋紙,それがこの百年泥の界隈なのだ、(後略)。」(p.118)

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