「まるで自分に読まれるのをずっと待っていたかのようだ。まるで自分に向けて,自分のために書かれているかのようだ」と感じる読書体験はないか,という問いかけから本書は始まる。それこそが「文学があなたを歓待している」体験なのだと。そして,この本そのものが私を歓待してくれた。
イーユン・リー,ハン・ガン,J.M.クッツェー,カズオ・イシグロ,多和田葉子,マリー・ンディアイ…などなど,心震える経験をした作家が並ぶので(小野正嗣の書評がきっかけで読んだ作家もいるので,当たり前のことなんだけど),自らの体験と照らし合わせるようにして読むことができた。そうだったのか,と思う読み方もあれば,私はそうは読まなかった,と思う読み方もありスリリングな読書会に参加しているかのようだ。
未読のアキール・シャルマやW.G.ゼーバルトなどはぜひ読んでみたいと思うものの,唯一村上春樹だけは相変わらずパスかな,というところ。へそ曲がりはへそ曲がりを貫く。
多和田葉子の「雪の練習生」を語る章にこんな一節があり,深く共感する。「書くことによって,僕たちは『他なるもの』-他の人間でもいいですし,他の動物でもいいのです-になることができる。あるいはそうやって,自分ではない他なるものになるために書かれたものが『文学』と呼ばれるのかもしれません。」(pp.151-152)
蛇足ながら,この2月から多和田葉子が朝日新聞の連載小説を書いていて毎日の楽しみが増えた。明日も生きてこの続きを読もう,と大げさでなく思ってしまう。
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