「無意味の祝祭」(ミラン・クンデラ 西永良成訳 河出書房新社 2015)読了。2023年に他界したクンデラが「無知」(2003)以来10年ぶりに2013年に発表した小説が2015年に邦訳されたもの。訳者解説は巻末ではなく,出版社のメルマガの形で読むことができる。クンデラが自身の小説には本文以外の要素をつけることを認めない方針だからという。これまでの単行本や文庫本にはいずれも解説やあとがきが付されているので,この小説に限ってということだろうか。
2026-05-12
読んだ本,「無意味の祝祭」(ミラン・クンデラ)
「無意味の祝祭」(ミラン・クンデラ 西永良成訳 河出書房新社 2015)読了。2023年に他界したクンデラが「無知」(2003)以来10年ぶりに2013年に発表した小説が2015年に邦訳されたもの。訳者解説は巻末ではなく,出版社のメルマガの形で読むことができる。クンデラが自身の小説には本文以外の要素をつけることを認めない方針だからという。これまでの単行本や文庫本にはいずれも解説やあとがきが付されているので,この小説に限ってということだろうか。
2026-05-09
2026年4月・5月,東京上野毛ほか,展覧会,観劇,映画の記録
國學院大學博物館では「和の硯」展を見る。日本の硯約200点が惜しげもなくというか,ずら~と並ぶ圧巻の展示。美術館なら代表の逸品を数点,という展示の仕方もあるだろうけど,これだけの質量を以て迫力十分に迫ってくるのも,なんだか感動してしまう。文房四宝の参考展示としての現代の水滴も面白かった。
2026年4月,東京上野,「百万石! 加賀前田家」・東博能「羽衣」
GWに突入する日に東博へ向かう。上野駅公園口からとにかく人が多い(私もその一人なわけで)。時間がたっぷりあるセミリタイア生活なのになんでそんな日に,と思われそうだけど,「百万石! 加賀前田家」展とタイアップの宝生流の能公演「東博能」のチケットを取ったのがこの日だったわけ。公演数が多い割に,あっという間に完売の公演も多くてびっくり。仮設舞台の能一番だけで自由席5500円はお手頃なのか割高なのか,不謹慎にもそんなことを考えてしまう。
早めに博物館に到着して,公演の前にじっくり「百万石! 加賀前田家」展を鑑賞。これが質量ともにすごい展示で,東博の本気!を見た感じ(失礼)。国宝や重文がずらずら並ぶ会場に興奮おさまらず。「加賀前田家歴代」「百万石の文化大名」「加賀前田家の武と茶の湯」「天下の書府」「侯爵前田家のコレクション」の5章立ての展示で,鑑賞にはエネルギーの配分(?)が必要かも。「天下の書府」と,茶道具や能装束をメインに据えて堪能する。
かなり体力を使ったものの,東博能「羽衣」も天井が高く反響する会場での観能は新鮮で面白い。能面も宝生流に伝わる古い面とのことで雅な時間を過ごす。シテは野月聡師,ワキは福王和幸師。
東博では他にも見ごたえのある特集展示がいくつも。「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」は狩野山雪「長恨歌絵巻」や「酒吞童子絵巻」などなどが素晴らしく美しい状態でダブリンから招来されている。伊藤若冲「乗興舟」は昨年,エド・イン・ブラック展でも見たけれど,この摺りの美しさには驚くばかり。東博本館ではほかに特集展示「キリシタン関係遺品の保存と研究」も興味深く拝見。キリシタンが聖母マリアなどの聖像として信仰したとみられるのは,ほとんど本来観音菩薩像として造られたものだった,とのこと。明~清時代の美しい観音菩薩立像の数々を息をつめるように,見る。
2026-04-24
2026年4月,東京恵比寿,TOPコレクション Don't think. Feel.・読んだ本,平野啓一郎の新作短編
2026-04-21
2026年4月,植物に癒される,君子蘭の開花・「ポール・ヴァーゼンの植物標本」(ポール・ヴァーゼン 堀江敏幸)
今年も開花した君子蘭。この冬が寒かったせいか,いつもより元気がない。当たり前のように毎年の開花を楽しみにしているけれど,寿命というのもあるのだろうか。 古本博覧会で買った1冊「ポール・ヴァーゼンの植物標本」(ポール・ヴァーゼン 堀江敏幸,リトルモア 2022)をまず読み終える。というか,堀江敏幸の文は読み終えて,美しい標本は繰り返し繰り返し眺めている。表紙をめくって最初の1枚がエーデルワイスで,とても嬉しい。堀江敏幸の掌編はルソー「孤独な散歩者の夢想」についての言及が興味深い。
2026年4月,東京神保町,全ニッポン古本博覧会
今年の神保町の春の古本市は,全国約130の古書店が参加するその名も「全ニッポン古本博覧会」! 日程をチェックしてなくて,友人からの一報に慌てて出陣する。遅参は許すまじ(誰が?)。
実に実に楽しい古本市だった。まずは古書会館のB1階と4階で稀覯本や美術品をゆっくり眺めてから3階,小川町広場,靖国通り沿いの回廊へと向かうつもりが,最後は時間切れ。主に古書会館3階で買い集めたのがこんな感じ。三鷹のりんてん舎の棚から選んだものがほとんど。実は昨年,武蔵野大学能楽資料センターの講演を聴きに行ったときに,バスの中からこの古書店を見かけて,途中下車するかちょっと迷ったのだった。今度はゆっくりと古書店を訪ねる一日を作ろう。
希少な写真集は全般的に値段が上がっているみたい。関西の古書店のブースで鈴木清「流れの歌」(署名入り)を見つけて思わず手に取って見せてもらったけど,私には手が出ない金額。中平卓馬「来るべき言葉のために」もすばらしいコンディションの1冊を出陳している古書店があったけれど,手も足も出ないお値段。
最近の読書,コルタサル「遊戯の終わり」・建畠晢の長編詩
そしてこれはまさに読書の喜びだという実感にひたる。「続いている公園」や「夜,あおむけにされて」など,選集に選ばれて既読の短編もいくつかあるが,この「遊戯の終わり」は短編集として編まれたものなので,1冊を通してコルタサルの幻想世界をたっぷりと堪能。
どの一つとして期待を裏切られない。とりわけ深く心に残ったのが「山椒魚」という一編で,山椒魚に取り憑かれて毎日植物園に通う「ぼく」はやがて意識だけがそっくり山椒魚に乗り移ってしまう。
その変身を,毒虫に変身したザムザと比較する訳者の木村栄一による論考がとても興味深く,読後の大きな刺激を味わった。ザムザが変身後もこの世界内に閉じ込められているのに対して,「ぼく」はすでにこの世界を抜け出して「水槽の中」の世界に身を置いている。つまり,この短編は非現実の世界の住人となった「山椒魚=ぼく」からの「別世界通信」(「コルタサル論」p.205)というわけ。
これぞラテンアメリカ文学を読む愉しさだし,カフカと比較すると同時に思わず井伏鱒二の「山椒魚」を思い出したし,濃密な読書の時間を過ごした。「秘密の武器」(国書刊行会 世界幻想文学大系)も既読の短編がほとんどだが,短編集として通して読み進めているところ。
ここのところ,読書の記録をちゃんと残していなかった。現代詩手帖の2月号の特集「イラン現代詩を読む」は私にはハードルが高かった。ちゃんとペルシャ文学の流れを勉強してからでないと。現代詩手帖1月号「現代日本詩集2026」は建畠晢氏の新作長編詩を読みたくて手に取る。「態度が形になるとき」というその一編は同名の古書店主とのやりとりが面白く,詩人の頭の中をのぞいてみたくなる。
2026-03-31
2026年3月,東京目白ほか,展覧会の記録
この3月はたくさんでかけて,頭の中がスクランブル交差点状態。まずは静嘉堂@丸の内で「たたかう仏像」展を見る。怒髪天を憑く三彩神将俑とか大迫力。高麗時代の預修十王生七経は海印寺に現存する版木を用いたもの,という解説に思わず韓国旅行を思い出して胸が高鳴る。この春,また韓国に行きたいんだ。
目白の永青文庫では所蔵の東洋彫刻コレクション「アジアの仏たち」展を見る。数としては中国の石仏や金銅仏が多いけれど,インドの彫像の面白さに興奮。4階展示室で端正なヒンドゥー教神像や仏像をたっぷり楽しむ。パーラ時代(8~10世紀)の「弥勒菩薩坐像」の美しさ。2階展示室には小ぶりなチベットの金銅仏もあり,アジアの風を感じた午後。まだ桜には早い時期だった。白木蓮の花が美しい。 後日,ふたたび目白にでかけて桜開花の学習院大学キャンパスを楽しみながら学習院ミュージアムで開催中の「Re:辻邦生ーいま,ふたたび作家に出会う」展(Part 1)を見る。パリ留学時代の日記や写真など,若き日の作家の文学への情熱にあらためて感動。読み返したくなる作品が多すぎて困る。夢中になった若き日の自分と向き合うことになるのか,いつしか離れてしまった理由を思い出すのか,年を重ねていろんなことを考える。Part 2の展示や「ことばと響きあう〈美〉と〈音〉」というタイトルの講座にも参加したい。2026-03-26
2026年3月,上野・狛江・渋谷,荘村清志のギター・川口成彦のフォルテピアノ・映画「ジョン・クランコ」
東京・春・音楽祭2026のプログラムで東京文化会館小ホールに荘村清志のギターを聴きに行く。「武満徹 没後30年に寄せて」というタイトルのコンサートはオール武満徹プログラム。前半は「フォリオス」「ギターのための12の歌」より5曲,「すべては薄明のなかでーギターのための4つの小品」,後半は「エキノクス」「ギターのための12の歌」より4曲,「森のなかでーギターのための3つの小品」。なんとも贅沢なギター1本の2時間だった。荘村清志の武満徹への敬慕の想いが溢れる美しい演奏に思わず涙ぐみそうになる。
狛江の駅からすぐの狛江エコルマホールに川口成彦のフォルテピアノによる「開館30周年企画 ベートーヴェンをたたえてⅧ 大公/皇帝」を聴きに行く。ピアノソロ「エリーゼのために」,ピアノ三重奏曲「大公」,ピアノソロ「幻想曲ト短調」,最後のピアノ協奏曲「皇帝」は古楽器の弦楽アンサンブルとの共演。2026-03-18
読んだ本,「死んでから俺にはいろんなことがあった」(リカルド・アドルフォ)
「俺」は妻と幼い息子と一緒にただ家に帰りたいだけなのだ。言葉がまったくわからない異国の都会で夜中に道に迷ってしまったばかりに,恐怖の時間を過ごすことになる。
読み進めるうち,「俺」は「くに」で罪を犯して妻と息子と「島」に不法入国した移民であることがわかる。タイトルの「死んでから」は肉体の死ではなく,社会的な「死」を意味していることがこんな一節から読み取れる。
「俺はここの人間じゃないんだ。俺は存在していない。だが,死人のまま生きるのに慣れることなんでできやしない。」(p.29)
2023年に翻訳された本作は2009年に発表されたという。日本でも移民問題の認知が進んで,この喜劇仕立ての小説が孕む貧困,移民,差別,家父長制などの問題が私たち日本人が身近に感じて読めるようになったということなのだろう。
たしかに,ポリティカルに読んで考えるべき問題が詰め込まれてはいる。しかし,この「物語」が語るのは,「俺」は家に帰れるのかという一点だ。私は最後まで,「俺」は本当に生きているのか,妻と息子と同じ水平に存在しているのか,地下鉄を降りてバス停を探し,最後は飛行機に乗せられて結局行きつく場所は天国かそれとも地獄なのではないかと,ずっとハラハラしながら読み進めた。リカルド・アドルフォの語る「物語」は頗る面白かった。
2026-03-14
2026年3月,東京・横浜,国立能楽堂定例公演・石田泰尚&石井琢磨リサイタル・ルパン歌舞伎
そして新橋歌劇場でルパン歌舞伎「碧翠の麗城」を楽しく観劇。昨年の南座で見た第一作に続く二作目。前作では右近が演じた石川五右衛門を今作は片岡愛之助がルパンと二役を演じる。どうなのかな,と思っていたら,ルパンと五右衛門の早替わりが見せ場になってて面白い! そして今作はなんといっても中村米吉の瀬織姫が可愛く美しく,お見事というしかない舞台だった。理屈抜きに面白かった!
2026-03-01
2026年3月,2月のコンサート・映画の記録,「角野隼斗」・「黒の牛」
水戸にでかけて角野隼斗ピアノリサイタルChopin Orbitを聴く。これだけの人気だと,もはや気恥ずかしさすら感じてしまうけれど,やはり好きなものは好きってことでいそいそと特急ひたちに乗り込む。グロービスホールの特徴的な内装は梅の花びら? こじんまりとしたホールで,演奏者との親密な距離感がよい感じ。アデスとかヒナステラとか,未知の作曲家との出会いは多幸感にあふれる。水戸は梅の満開には少し早かった。
2月は楽しみにしていた映画「黒の牛」にもでかける。 「十牛図」に着想を得た映画っていったいどんな?と思いつつ,その圧倒的な映像美と深い物語に感動。つまりはこの映画の「物語」とは「十牛図」を生きるということなんだ。第八図「人牛倶忘」の真っ白な図はどうやって?とか,あれ,第九図で終わった?とかとにかく「十牛図」を辿る2時間だった。こういう映画にはやっぱり坂本龍一の音楽が欠かせないよね,という感じ。禅僧役の田中泯も聖と俗を生きる感じがよかった。第十図「入鄽垂手」についてはネタバレになるので内緒。2026年3月,2月の展覧会の記録,「八大山人」・「デューラー」・「ここにいるから」・「ロックフェラー・コレクション」展
上野では西洋美術館ですばらしい特集展示を2つ。「物語る黒線たち―デューラー『三大書物』の木版画」はとにかくすごい熱量の展示。「黙示録」「大受難伝」「聖母伝」の活字印刷本の木版画群を「一挙にすべて公開」するという。美術館の意気込みと鑑賞者の感動が一直線!である。美術展鑑賞の醍醐味を味わう。前川誠郎著のデューラーの伝記を読みたい。同時に常設展内特集展示の「フルーニング美術館・国立西洋美術館所蔵フランドル聖人伝板絵―100年越しの”再会”」展も知的興奮にあふれる内容でお腹いっぱいに。