2014年の年間ベストを掲載したいくつかの書評誌・書評欄などで気になった1冊を年末年始に読んでみた。「ドン・カズムッホ」(マシャード・ジ・アシス著,武田千香訳,光文社古典新訳文庫 2014)は寡聞にして書名も作家もまったく未知の本。近代ブラジルを代表する作家だという(1839-1908)。
「ドン・カズムッホ」は偏屈卿の意味で,語り手の「わたし」(=ベンチーニョ)が隣家の少女カピトゥと結婚するが,生まれた子の父親がベンチーニョの友人ではないかという疑惑までの長い過程が語られる。
視点は大人になった「わたし」で,全部で148章のすべてが「回想」,つまり語り手の「記憶」で構成されている。読者が知りたいカピトゥの疑惑は,カピトゥの真実ではなく,ベンチーニョの真実ということ。ならばこの小説の主人公は主体性を持った「記憶」ということなのか。混乱する頭の中を整理するのに,訳者あとがきがとても親切に導いてくれる。
この長い小説(文庫510ページ)の魅力はしかし,そうした「読み」の面白さと同時に,「さあ時間だ」「わたしはその説を受け入れる」「ぼくは男だ!」「愛しき小冊子」などなど各章のタイトルをたどるだけでもわくわくしてくるリズミカルな文体とストーリーの展開であって,詩人の荒川洋治は件の書評で「まるで自由詩の展開。リズムがある。こちらもすいすい進む」と絶賛している(毎日新聞書評2014.3.9)。
「読者よ、首を横に振っていただいてけっこう」,「問題の章に行こう」,「いよいよ問題の章だ」もすべて章のタイトル。軽々と差し出された書き手の呼びかけににやりとしなから,新年早々,読書する悦びを堪能した1冊。
0 件のコメント:
コメントを投稿