カズオ・イシグロをどんどん読み返す。「夜想曲集」(土屋政雄訳 早川書房 2009)は短編集で,実は初読の印象が残っていない。どんな本だっけ,と思いつつ手に取って埃を払う。そしてあっという間に読了して,こんなに面白かったっけ,と思う。
「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」という副タイトルが語る通り,音楽と夕暮れを背景に,どの物語も男女の危機が描かれる。それぞれ独立した物語が微妙に絡まり合う状況を読者は楽しむ。そして長編「充たされざる者」への緩やかなつながりを思わせる第四編のように,カズオイシグロの世界へと導かれていく感覚を味わった。読みやすくて読後感も気持ちよいので,初めて読む人にはこの本を勧めるかもしれない。
「ヘレンが電話を切る直前,おれは「愛してるよ」と言った。夫や妻が電話の最後に決まってつけるあの早口の一言だ。数秒間の沈黙があって,ヘレンも同じ口調で同じことを言い,電話を切った。いったいどういう意味だったのだろう。ともあれ,包帯がとれるのを待つ以外,いまのおれには何もすることがない。とれたらどうなる?リンディの言うとおり,頭を切り替える必要があるのだろう。人生は,ほんとうに一人の人間を愛することより大きいのだろうか。」(「夜想曲」 p.208より)
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