飯田橋文学会主催の堀江敏幸氏の文学インタビューを聴講するために,この3冊を読み返した。インタビューにあたって,作家自身が「自分の代表作」を3冊指定したもの。堀江敏幸という作家に対する思いは複雑で,これらの3冊が出た2000年代の初めはかなりよく読んでいたけれど,新作が出るたびにだんだん読めなくなってしまった。
久しぶりの「河岸忘日抄」(新潮文庫 2005)は初読時の高揚感を思い出し,時の経つのを忘れて頁をめくった。異国の川に係留された船で暮らす男と彼を取り巻く人々との関わりは,ストレートに読者の胸を打つ。
死んでしまった妹の独白。「外を理解するってことは内にも目をむけるってことでしょ? 嫌なものたちの環から外へ出るために,とっとと逃げ出すために切り落としてきた尻尾のほうにこそわたしの「ほんとう」があって,トカゲみたいにあとから生えてきた尻尾はその幻影みたいなものかもしれないって,そう認めることでしょ?」(p.283)
「雪沼とその周辺」(新潮社 2003)はそれに対して,というのはおかしいかもしれないけれど,読者である私が,作家と登場人物たちの作る共同体に近づけない印象を抱く。初読のときには感じなかったが,このおしゃれな小説たちはどこか冷たい。
もう1冊の「魔法の石板」は,ジョルジュ・ロペスという作家への敬意と愛があふれていて,小説とは異なる次元で堀江敏幸が自分の世界を構築している。
というわけで,半月あまりの間,堀江敏幸という作家を追いかける時間を過ごしたのだけれど,なぜ作家はこの3作を代表作として選んだのか。一読者の好みとしては短編小説は「おぱらばん」の方が魅力的なのだけれど。
そして件の文学インタビューでは,作家はこの3冊は自身にとって特別なものだと語り,それぞれ詳細に語ってくれた。聴衆からの質問「あなたは何を運んでいるのでしょうか」に,「それはわからない。運んでいるものがわかっていたら運ばない」と答えていた。おしゃれだ。
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