「この道」(古井由吉 講談社 2019)を読了。新聞の書評欄を見て読んでみたものの,この作家の小説をほとんど読んでいないので,小説ともエッセーとも身辺雑記とも読めるこの8編の魅力を十分に味わうことができなかったように思う。
80歳を越える著者が,現在から過去へ,故人となった人とも自在に交感し,今こことこれからへと思索をめぐらす。読者がその魂の遍歴についていくには,やはり作家の描く物語世界を理解していることが前提になるのだろう。手元に古い全集本がある。まずは代表作と言われる作品をいくつか読んでから再読することにしよう。どんどん宿題がたまる。
「人は死をひたすら恐れながら,夜には正体もなく,心労があれば短い間にせよ,呑気に眠っているではないか,と笑う声も聞こえる。神々の哄笑というところか。しかし眠りには空間があり,時間もある。呑気とは,正体のあることでもある。死んでしまえば,空間も時間もない。(略)大体,私は死んだとは言葉としても,比喩や戯謔でないかぎり,成り立つものではない。それでいてそんなあらわな不条理が人間の思考の内に埋めこまれている。是非もないことか」(「花の咲くころには」pp.171-172より)
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