2023-10-24

2023年10月,愛知一宮,一宮市三岸節子記念美術館「AINU ART モレウのうた」

 名古屋近辺の美術展情報を見ていたら,一宮市三岸節子記念美術館でアイヌアート展が開催されているとのこと。一瞬,なぜここで?と思ったけれど夫の三岸好太郎が北海道出身という所縁なのかな。常設展示会場の「モチーフを求めて」に,名古屋の古代裂を扱う店で購入したアイヌの着物の文様をモチーフに取り入れた作品が展示されていて,なるほどその美しさに惹かれた作家の心情が伝わってきます。

 このアイヌ工芸品展は,「国内外の優れたアイヌコレクションを紹介するほか,現在活躍する作家の活動を取り上げて」展示するものということ(チラシより)。1997年から継続してる(!)ということだけれど,今まで気づいていなかったのか,そうとは認識しないで見ていたのか,これからはちゃんと追いかけよう。

 現代作家の作品では西田香代子の刺繍に惹かれました。ウポポイのミュージアムショップや北大博物館のショップのグッズで見かけたモチーフのオリジナルを見ることができてうれしい。下倉洋之の「熊の手のリング」はその不思議な造形にくぎ付けに。

 面白かったのは尾張徳川家と北海道八雲町との関わりに関する展示。ベルンの木彫りの熊の実物が展示されていて,木彫りの熊が北海道の特産になる経緯に思わず感動。

 近くの一宮市尾西歴史民俗資料館にも足を伸ばしてみました。(地図だとすぐだけど徒歩だと20分くらいはあるそう。迷わずバスに乗る。)秋季特別展の「琉球使節と琉球文化」展を見ました。愛知でアイヌと琉球文化を楽しむという,なかなかカオスな秋の一日となりました。資料館は木曽川のすぐほとり。

読んだ本,「バチラー八重子の生涯」(掛川源一郎),「異境の使徒 英人ジョン・バチラー伝」(仁多見巌)

 釧路の古書店で購入した「異境の使徒 英人ジョン・バチラー伝」(仁多見巌)と,積読になっていた「バチラー八重子の生涯」(掛川源一郎 北海道出版企画センター 1992)を合わせて通読。掛川源一郎の写真がきっかけでジョン・バチラーと養女のバチラー八重子の生涯を辿ることができた。この2冊の読書は,旅そのものだった。

 学ぶこと,感じることが多く,要領よくまとめることはあまり意味がないと思うので,「バチラー八重子の生涯」で中野重治が八重子の短歌を評した文章が紹介されているのを忘備として孫引きする。掛川源一郎はこの部分を「さすがに卓見」だと書いている。

 「第一に彼女はアイヌである。(略)外から植えつけられた異民族風なものを表現手段としながらそれを突き破っているものが詩として最もすぐれているが,それらはアイヌとしての特性の最も強く現れているものである。(略)このアイヌ的なものは,詩の形そのものが象徴しているような政治的権利,経済的能力,文化的享受を剥奪された被圧迫民族としてのものである。しぜんそれは反逆的なものである。/第二の点,クリスチャンとしての彼女がそこへ絡みついている。(略)彼女は熱心なクリスチャンとして,アイヌの悲しい運命のために泣いているが,この涙は彼女をアイヌのためのキリスト的祈りへ外れさせている。そして最もキリスト教的であるとき再び彼女は詩人として低下している。詩人として高まるとき彼女は異端者である。異端者,異邦人,アイヌ神話の信者,アイヌ神話の英雄のほめ歌うたいとして彼女は並びなき詩人である。」(p.134) 

2023-10-18

2023年10月,愛知名古屋,有松・鳴海絞会館,熱田神宮宝物館「百鏡繚乱」


 慶事があって名古屋へ。すぐに帰るのももったいないと,翌日は前から行ってみたかった有松へ足を伸ばしてみました。毎年6月のお祭りが楽しそうなんだけど,平日のこの日も団体の観光客がたくさんいて,賑やかな観光地という雰囲気。絞り染が大好きなんだ。有松・鳴海絞染会館でさまざまな絞りの技法・文様を見て楽しかった!柳絞りのすてきなのれんを購入しました。

 午後は名古屋市内へ戻り熱田神宮へ。参拝のあとは宝物館と草薙館をゆっくり拝見。秋季企画展の「百鏡繚乱 咲き誇る鏡背文様の美」展に感激でした。国宝や重文がずらりと並ぶ和鏡の展示はもちろんのこと,舶載鏡(と言うの知りませんでした)の数々のその美しさと言ったら! 戦国時代の饕餮文方鏡など,こんな鏡見たことない,と大興奮だったのでした。

2023-10-04

2023年9月,東京南大沢,「日本の植物分類学の父」牧野富太郎が遺したもの

 4月から毎朝NHKの朝ドラを見る生活ができるようになって,まさにこの世の喜びなんだけど,夢中になった「らんまん」が終わってしまって,これぞロスという日々。9月末まで東京都立大学牧野標本館で開催されていた「『日本の植物分類学の父』牧野富太郎が遺したもの」展を見に出かけました。

 思ったより遠くなかった南大沢。都立大学のキャンパスはこの夏の暑さのせいか草ぼうぼうでちょっと荒涼感が漂ってました。。そして標本館はドラマの視聴者の年齢層を見事に(?)反映した人達でいっぱい(もちろん私もその一人)。

 牧野富太郎の植物画の展示はあちこちで見たけれど,標本の実物の展示はなかなか感動的。実物の標本の実物といえばよいのか。とにかく美しいの一言です。これはドラマでも際立ったエピソードの1つだったムジナモの標本と植物画。

 

読んだ本,「この世の喜びよ」(井戸川射子)


  「この世の喜びよ」(井戸川射子 講談社 2023)読了。タイトルに惹かれて読んでみた。芥川賞の講評で堀江敏幸が「言葉の一つ一つが粒だつような,すばらしい作品」と述べたという記事を読んだが,確かにそういう作品。タイトル通り,主人公である「あなた」の日常が,そして人生が肯定されることで読者は清々しい安堵感を得る。しかしそう一筋縄ではいかない気がする。

 主人公の職場はショッピングセンターの喪服売り場だ。彼女は喪服姿で勤務する。冒頭の休憩室でおすそ分けの柚子を喪服のポケットに潜り込ませる場面は最初,通夜の場面かと思った。「喪服売り場の店員になって良かったことは,仕事着で通勤でき,そのまま電車にでも乗れることだとあなたは思っている」(p.13)

 つまり,彼女にとって「平凡な」日常は喪服姿で呼吸をすることなのだ。読者はこのことを前提にしなければならないのではないか。彼女の日々は毎日,何かを葬り,何かを悼む。「若さ」という単純な言葉で心の内を語る場面が心に残る。ショッピングセンターで放課後を過ごす少女に向けた「あなた」の言葉。

 「私がどこかに,通ってきた至るところに,若さを取り落としてきたとあなたは思ってるんだろうけど,違うんだよ,若さは体の中にずっと,降り積もっていってるの,何かが重く重なってくるから,見えなくなって,とあなたは言う。若いってただ,懐かしいだけなの,思わず少女の手を握る。」(pp.83-84)


2023-10-03

2023年9月,東京初台,サー・アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル

   2023年9月29日,東京オペラシティコンサートホールでサー・アンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタルを聴いてきました。昨年のリサイタルが素晴らしかったという評をあちらこちらで目にして,次の機会があれば,と願っていたのでした。思いがけずステージに近い席が取れて,演奏をまさに目の当たりにした一夜。

  曲目は当日ステージ上でシフのトークを交えながら発表されるということで,わくわくですが昨年は3時間半に及ぶステージだったとか。帰りの交通手段がちょっと心配でしたが,最初の一曲でそんな気分も吹っ飛び,最後はもっと聴いていたい!と祈るような思いでした。

 カジモトのHPに掲載された当日の曲目をここに残しておきます。

9月29日(金)19時 東京オペラシティ コンサートホール

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻から 前奏曲とフーガ第1番 ハ長調 BWV846

J.S.バッハ:カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」BWV992

モーツァルト:ピアノ・ソナタ第17(16)番 変ロ長調 K.570

ハイドン:アンダンテと変奏曲 へ短調 Hob.XVII:6

ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob.XVI:52

***

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 op.53 「ワルトシュタイン」

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109

(アンコール)

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア