堀江敏幸の最新刊(2016年1月)の「その姿の消し方」(新潮社)を読む。フランスの古物市で見つけた絵葉書に書かれた「詩」に惹かれた「私」が,その作者=絵葉書の差出人であるアンドレ・Lを巡って,旅と出会いと思索を重ねる,という素敵な物語だ。
この作家の作品世界は小説のような,エッセーのようなとよく言われる通り,現実と夢想の境界上を揺蕩うような輪郭の曖昧な言葉と物語が魅力的である。(ちょっと,作家の強烈な自意識が鼻につくこともあるのだけれど。)
このアンドレ・Lなる人物(文学者ではない)の書いた絵葉書を何通も見つけたり,その縁者と親しくなって文通をするなど,およそ現実離れした物語を読むと,思わずロンドンやブルージュのアンティーク市で買い求めた古い絵葉書を引っ張り出して目を凝らしてしまう。いつか自分の物語が突然,始まることを夢想しながら,本を閉じる。
「消えた光景,消えた人物,消えた言葉は,最初からなかったに等しくなる。以前はそんな風に考えていた。しかし欠落した部分は永遠にかけたままではなく,継続的に感じ取られる他の人々の気配によって補完できるのではないかといまは思い始めている。視覚がとらえた一枚の画像の色の濃淡,光の強弱が,不在をむしろ「そこにあった存在」として際立たせる。」(p.121より引用)
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