カズオ・イシグロを読み返すのもこれで一段落にしよう。「わたしたちが孤児だったころWhen we were orphans」は一番好きな作品。主人公の冷静な語りに引き込まれ,「わたしたち」はみな孤児だったことを,そしてこれから孤児になるであろうことを知る。
例によって,と言えばよいか。初読以来,この小説の舞台の大半は上海の貧民街だと思っていたが,そこで主人公が徘徊するのは物語後半の一部分に過ぎなかった。この「至高の冒険譚」(表紙カバーより)を読むことは,私自身の記憶と過去をめぐる冒険譚でもあった。
「いいか,よく聞くんだ。何を暗いことばっかり言ってるんだ。きみはまた息子に会えるよ。ぼくが責任を持つ。それから,ぼくたちが子供だったころ,世界がどれほどよく見えたかってことについてだけど。これは,ある意味ではまったくのナンセンスだよ。大人たちがぼくたちにそう思わせたというだけのことなんだ。子供時代のことにノスタルジックになりすぎてはいけないよ」(p.444より)
もう1冊,ファンタジーという小説設定がどうにも苦手だった「忘れられた巨人The Buried Giant」に再挑戦。作家自身が,「これは単なるファンタジーではない」と発言し,ファンタジーを見下していると物議をかもしたのだそうだ。ならばなぜこういう設定にしたのか,よくわからない。再度読み通して,これは老夫婦のラブストーリーだと再確認したものの,「よくわからない」という感覚は読後の今もなお残る。
「…わたしの話を聞いて,わたしたちの愛情には傷があるとか,壊れているとか考える方もいるでしょう。しかし,老夫婦の相互への愛が緩やかに進むこと,黒い影も愛情全体の一部であることを,神はおわかりくださるでしょう」(p.406)
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