2018-05-13

読んだ本,「継母礼賛」(マリオ・バルガス=リョサ)

 積読の山からリョサの「継母礼賛」(西村英一郎訳 福武書店,1990)を見つけて読了。リョサらしいと言ったら失礼なのだろうか,明るくエロチックな小説だ。ストーリーは単純で,リゴベルトという男とその美しき後妻ルクレシアと,前妻との息子にして天使のごとき美少年アルフォンソの三人が織りなす三角関係の恋愛とその悲しい結末。
  しかし,そこには神話の世界と,それを描いた絵画の世界が重層的に描かれて何ともexciting! 絵画からインスピレーションを得て物語を紡ぐというロマンチックな手法とはまったく異なり,これぞリョサの物語世界としてティツィアーノやフラ・アンジェリコが挿入される!

 そして他のどの絵画よりも強烈に読者の脳裏に刻まれるであろうイメージが,第9章「人間のようなもの」に添えられたフランシス・ベーコンの「頭部Ⅰ」だろう。リゴベルトがルクレシアにその瞬間,「私がだれなのか訊いておくれ」と問いかけ,彼はこう答える。「私は怪物だ」

 その「怪物」の描写に一章が割かれる。グロテスクで目をそむけたくなるベーコンの絵画のイメージそのままに,その怪物はこう呟く。

 「たぶん,神は存在するだろう。しかし,我々がいろいろな経験をしてきた,歴史のこの時点で,それがそんなに重要な問題だろうか? 世界は今の状態よりも良かったことがあっただろうか? そうだったかも知れない。しかし,こうした問いかけになんの意味があるだろうか? 私は生き延びた。見かけはともかく,私も人類の一員である。/私をよく見よ。私を知れ。汝もまた己を知らねばならぬ。」(pp.120-121より)

2018-05-12

2018年5月,東京上野,3つの展覧会

  GW最終日,新緑まぶしい上野に出かけました。まずは東京藝術大学大学美術館で「東西美人画の名作」展最終日を見ました。日本人なら誰でも知ってる,みたいな美人画が勢ぞろいで,会場も大賑わい。ドビュッシー,フォーレ,シュミットと能楽囃子「黄鐘序の舞」が収録された音声ガイドが無料で貸し出されていました。さすが芸大。展示は,おお本物だ。という感じ。
 国立国会図書館国際こども図書館では「オランダの金の筆と銀の筆」展を。オランダ語の子どもの本の世界を楽しみました。「うさこちゃん」や「かえるくん」や「魔女ビッキ」などなど,有名な絵本はもちろんのこと,思わず開いてみたくなる子どもの本がずらりと並んで楽しかった!
 
 そして最後は東京国立博物館へ。評判の「名作誕生展」は後日にして,本館の「平成三十年新指定国宝・重要文化財」展示をじっくり拝見。京都国立博物館でいつか見た「高麗国金字大蔵経」がまぶしい。開催期間が延長された「サウジアラビア」展も再訪しました。さすがに疲労困憊の一日。

2018年5月,東京恵比寿,東京都写真美術館の3つの写真展

  連休中,久しぶりの発熱でだらだらと過ごし,回復したと思ってでかけてはまたぶり返し,と加速する自身のポンコツ化にがっくり。休みも明けて1週間,忘備録として。
  連休後半は田町駅で降りて湾岸倉庫街からスタート。同僚に誘われて某服飾メーカーのセールへ。人々の熱気にふらふらになって,早々にリタイアして恵比寿へ向かいました。東京都写真美術館で5月6日までの「『光画』と新興写真 モダニズムの日本」展と「長崎 写真発祥地の原風景」展,それと13日まで開催の「原点を,永遠に」展を見ました。

 「光画」展はそれほど新鮮な驚きはなかったものの,中山岩太や小石清の写真に,彼らの仕事を初めて見た時の衝撃を思い出して感動!でした。中山岩太の写真はとにかくかっこいいの一言。帰宅して「甦る中山岩太」展(2008年,東京都写真美術館)の図録をしみじみながめる。「上海から来た女」は私が一番好きな写真の1枚。(→一番好きな写真はいっぱいあるのです)

 「長崎」展は例によって,という感じの古写真の展覧会。以前見たことがある,人物像をかき消した写真(写真に写っていると成仏できないと信じられていた)も再見。地階では清里フォトアートミュージアムの収蔵作品展というのが無料開催中だったので,足早に。作品の数が多すぎて,何が何だかわからない状態になってしまいました。高梨豊や森山大道があっても中平卓馬はないんだ。残念だったな。

読んだ本,「無知」(ミラン・クンデラ)

  久しぶりにクンデラを読みたくなって,積読の中から1冊「無知」(西永良成訳 集英社,2001)を読了。残念ながら,クンデラの他の作品に比べるとあまり刺激的ではなかった。何しろ,ストーリーとは別次元で読みにくいのだ。ページをめくるごとに,「彼」とか「彼女」が一体誰なんだ⁇と戸惑うばかり。
  訳者あとがきに,クンデラが原稿の余白に書いた表題の解説が引用されている。そこでやっと私はこの小説の「意味」を半分くらい理解できたような気がする。「〈無知〉は軽蔑的な意味(愚かしさ,教養の欠如)ではなく,ひとつの実存的カテゴリーとして考えられている。つまり,人間は何も知らない存在であり,無知こそが人間の根源的な状況であるということだ」(p.213より)

 とはいえ,クンデラが登場人物たちに語らせる言葉にはやはり,はっとさせられるものが多かった。「彼女は茫然としながら,破れた恋,彼女の人生のもっとも美しい部分がゆっくりと,永久に遠ざかってゆくのを眺めていた。彼女にとってはもう,この過去しか存在していなかった。彼女が姿を見せたいと願うのはその過去,話しかけ合図を送りたいと願うのはその過去なのだ。未来など彼女の関心を惹かなかった。彼女は永遠を欲していた。永遠,それはとまった時間,動かなくなった時間のことだ。未来は永遠を不可能にする。彼女は未来を消滅させることを欲した。」(p.114)

2018年5月,シランの開花

シランは毎年,庭の片隅でいつのまにか咲いていつのまにかいなくなってる,という印象のラン。今年は切り花で楽しんでみました。あれ,こんなに可憐な花だっけ。写真は失敗です。。

2018-05-04

2018年4月,皇居,春の雅楽演奏会・竹橋,横山大観展

 職場で春の雅楽演奏会の招待券をもらいました。ああ,日々の苦労が吹っ飛ぶとはこのこと。東御苑の楽部へは3回目で,やっと様子が分かってきた(?)ので,この日はかなり早めに到着するようにして,舞台を左下から見上げる席に。開演の時間を待つ間,この空間の佇まいにただただ圧倒されます。
  管弦は「太食調音取」と「蘇芳菲(そほうひ)」,「庶人三臺」の三曲,舞楽は左方の舞が「央宮楽(おうぐうらく)」,右方の舞が「狛桙(こまぼこ)」です。今回,舞楽のいずれも舞の動きがわかりやすく,見ていて楽しい。右方の舞は,高麗の国から日本に船が入港するときに船人達が棹で船を操る姿を模したものということ。さわやかな緑色の衣装がとても鮮やかです。
 
  雅な気分を味わって,その足で竹橋へ向かい,東京国立近代美術館で開催中の横山大観展を見て帰りました。会場は大混雑。久しぶりに「生々流転」と,チラシやポスターのイメージになっている「群青富士」がぜひ見たかったのです。どちらも堂々として「どうだ」といわんばかりの迫力です。ここでも圧倒されて,私の春の一日はおしまい。心地よい疲労感。

2018年4月,東京千駄ヶ谷,「善知鳥」の公演

 連休中にあれこれと整理していて,4月に国立能楽堂で見た「善知鳥」もここに記録しておかないと。お能の演目の中で一番惹かれるのがこの「善知鳥(うとう)」なのです。美しく雅な演目をさておいて,なんでこんなに悲惨で救いのないお話に惹かれるのか。。。

 生業として鳥を殺し続けた漁師が,今は地獄に落ちて鳥たちに苛まれるという物語。漁師の亡霊が,立山で諸国を巡る僧侶に自分の実家に行って追善供養してくれるように頼む場面から始まります。

 この辺り,ご恵贈いただいた「畜生・餓鬼・地獄の中世仏教史」(生駒哲郎著 吉川弘文館)がとても参考になりました。漠然と見ていたものが一気に中世仏教の枠組みの中で輪郭がくっきりして,まさに目からウロコとはこのこと。

 やがて場面は漁師の家へ。親鳥が「ウトオー」と鳴くと,隠していた子が「ヤスカタ」と返事をしてしまい漁師は容易に捕まえることができた,と謡うのです。シテが鳥を撃ち殺す場面にいきなり地謡が「親は空にて地の涙を」と謡います。漁師は笠を取って血の涙から逃げ回る…という涙なしには見られない展開。成仏してめでたし,で終わるわけではなく,この苦しみから救ってくれ,と僧に頼んで亡霊は消えていきます。
 
 今回は久習会の公演でした。シテを荒木亮氏,ワキの旅僧は福王和幸さん。 

2018年4月,横浜みなとみらい,NUDE展

 横浜美術館にでかけて,話題のNUDE展を見てきました。アラーキーの写真展とか,刺激たっぷりの展覧会を何度も見たことあるわけだし,今更,西洋美術のヌード展と言われてもなあ,とあまり期待していなかったわけですが!これが面白かった!何しろ,Tate所蔵というところがミソの展覧会です。

 いきなり,エヴァレット・ミレイの「ナイトエラント」!一気に気分はピムリコ駅からテムズ河畔へ向かう道へと運ばれてしまいました。年を重ねて,何でも自分の経験値へと収斂させる傾向が強いわけですが,まあこれも展覧会を楽しむ醍醐味ということで。
  展覧会の目玉はロダンの大理石彫刻「接吻」です。ここだけ写真撮影可だったので,例によって撮影会場と化してましたが,この部屋の目玉は他にも。なんとターナーの春画(?)が18禁部屋よろしく,薄暗い照明のもとひっそりと展示されているのです。ホックニーの同性愛のエッチングはカヴァフィスの詩集の挿画なのだそう。

 過日,NHKの日曜美術館でこの展覧会を特集していて(ゲストは島田雅彦!),新司会の小野正嗣氏がみすず書房のカヴァフィス詩集を持参して島田氏が朗読するというなかなかマニアックな場面に興奮。

 番組ではこの後の展示は取り上げていませんでしたが,ハンスベルメールの球体人形あり,ベーコンやルシアン・フロイドあり,と今度は一気にTate Modernへと運ばれて,メイプルソープのリサ・ライオンにテンションが上がります。

 白人女性が黒人男性のヌードを見つめるバークレー・ヘンドリックス「裸の黒人は存在しない No Naked Niggahs」の前では,その謎めいたタイトルにしばしくぎ付けに。いやあ,楽しい展覧会でした。