2022-04-30

読んだ本,「チリ夜想曲」(ロベルト・ボラーニョ)

  白水社のボラーニョ・コレクション「チリ夜想曲」(野谷文昭訳 2017)を読了。全編改行なしでひとりの男が過去を回想する。男はカトリックの神父だ。146頁の中篇だが,読み通せるだろうかと不安を覚えながら頁を開いた。そして一気に読み終えてこの不思議な読書体験を言葉にするのは難しい。

 次々と語られるエピソードは脱線を繰り返すかと思うと突然沈黙がやってくる。語っているのは自分なのか他者なのか,そもそも何か大切なことを隠しているかのような語りは,死の間際に現れた「老いた若者」に届いているのだろうか。

 小野正嗣による解説を読んで,ようやくすとんと理解できた気がしている。この神父の沈黙が「政治的で歴史的な」ものであるということが。そして「老いた若者」とは一体何者だったのかが。

 物語の冒頭の一節。「…わたしの名が汚されようとしている。人は責任を取らなければならない。それはわたしが一生言い続けてきたことだ。人は自らの行動に責任を取るべき道徳上の義務がある。自らの言葉についても,沈黙についてさえも。そう,沈黙についてさえも。なぜなら,沈黙も天に届いて神に聞こえ,それを神だけが理解し,裁くからだ」(pp.7-8)

 

2022-04-24

2022年4月,東京上野,二科展

 上野の東京都美術館で春季二科展を見てきました。夏(本展)の新国立のものすごいボリュームに比べると,ぎゅっと濃縮された感じ。

 春季展の新しい試みという「本展受賞者の中から5名の新進作家を選び一人当たり10m分の展示スペースを与える個展様式の展示」(広報二科より)のコーナーで坪田裕香さんの「in the water」シリーズの大作5点をじっくりと。

 作家本人のお話を聞けたので,なるほどと感心することしきり。把手の部分の質感や映り込み,ガラス表面の文字の配置などなど,素人には考えの及ばない工夫と苦労があるのだなあ。と。

 水に半浸するのは竹製のまきすやホースの部品や大根の漬物とその切れ端など,「普通は」画題に選ぶかなあというものたち。じっと見ていると,このパイレックス/ボウルたちは写実のようでいて微妙に現実世界のものではないように見えてくる。

 パイレックス/ボウルの画を見つめる観客。パイレックス/ボウルを描く作家。パイレックス/ボウルとその中の水とそこに半浸する物体。それぞれの位相が一直線には結ばれていないような感覚を覚える。だから絵の中の物体はどこかこの世ではない場所に浮遊しているようだし,見ている私は足元がふらふらしてくる。
 とまあ,これはあくまで私見です。面白いのでぜひ実物を見てみてください。次はどんな「in the water」を構想してるのだろう。夏の本展が楽しみです。同時代の作家を追いかける醍醐味かと。

 ほかにも面白い作品がたくさんありました。小原禎二の「Reflectors」は浮遊するタマネギ。面白い。中澤純代の「一所懸命」は日本画風の画法と描写力の凄さに圧倒されます。(このタイトルはどうなんだろう,とは思いましたが。)
 蛇足ながら,受付でもらった「広報二科」に外部審査員選考評として建畠晢氏の寄稿が! おお,こんなところ(失礼)でアキラ氏の名前を発見するとは。と一人盛り上がり,帰宅して真っ先に「そのハミングをしも」(思潮社)を手にとったのでした。今年も「反・桜男」の季節が過ぎ去った!

2022年4月,君子蘭の開花

 今年も綺麗に開花しました,君子蘭が。←最近,川添愛氏の「言語学バーリ・トゥード」にはまっているので,ここは倒置法で(笑)。8鉢育てているうち,7鉢は亡父が大切に育てていた株からの子株(下の写真)で,1鉢だけ生花店の店先で求めたもの(上の写真)。品種が違うみたいで,花弁の形が少し違う。どれだけ見てても見飽きませんなあ。

 昨年オザキフラワーパークで求めたリュウビンタイも元気に育ってます。春になってニョキニョキ伸びてきました,新芽が! かわいいなあ。

2022-04-15

2022年3月,千葉,「苔松苔梅展」と千葉市美術館

 年度の変わり目に少し忙しく過ごしてしまい,出かけた展覧会や読書の記録が混乱してしまっています。3月末に千葉県立中央博物館で「苔松苔梅展」を見て,その足で千葉市美術館にも立ち寄りました。

 苔松苔梅展は地衣類の展覧会。博物館でコケの展覧会と言ったら思いっきり理系の展覧会を想像してしまいますが,今展は日本文化の中の苔梅苔松を美しく紹介していて面白かった!

 能舞台の松(これはさすがにパネル写真の展示),苔松や岩が描かれた日本画や,苔梅の文様の友禅の振袖などなど,おめでたい迎え花として愛でてきた日本人の精神を垣間見るのが楽しい。もちろん,植物学的な展示も。こんな地衣類そのものの展示にも興奮。
 千葉県立中央博物館から千葉駅に戻る途中に立ち寄ったのが千葉市美術館。2020年のリニューアルオープンが話題になったので一度行ってみたかったんだ。旧川崎銀行千葉支店を保存・修復したさや堂ホー ル。よい雰囲気です。

 展示はコレクション展の「房総ゆかりの作家たち」展で鈴木鵞湖と石井柏亭・鶴三を。鈴木鵞湖の水墨画が美しい。思いがけず松浦武四郎の蝦夷関係の紙本の展示(鈴木鵞湖他の画による)も堪能。

 4Fの子どもアトリエや美術図書室の充実ぶりがとても楽しい。参加してみたい講座やイベントもいろいろあるけれど,気軽にでかけるにはちょっと遠いな。。図書室で過去の図録を楽しく見ながら,昨年田中一村展が開催されていたことに気付いて痛恨。行けばよかった,となりました。

2022-04-01

読んだ本,「ブックセラーズダイアリー」(ショーン・バイセル)

 スコットランドの古書店「ザ・ブックショップ」の店長の日記。「ブックセラーズダイアリー」(矢倉尚子訳 白水社 2021)を楽しく読了。著者のショーン・バイセルは大学進学のときに離れた故郷ウィグタウンの老舗古書店を,30歳のときに「衝動買い」したのだという。

 古書店を衝動買いって。二段組300ページ超の大部だが,店に来る客の珍妙な言動や,従業員たちの奔放な行動などがシニカルなユーモアあふれる筆致で描かれる。アマゾンへの敵意(キンドル端末を撃ち抜く!)など,既存の書店の未来を憂える内容一辺倒ではなく,小遣いを握りしめて本を買いにくる子ども,クリスマスのギフトを選ぶ家族,稀覯本を探し求める客などなどは書店好きの読者の胸を熱くさせる。

 故人の蔵書整理の場面は身につまされる。私の蔵書もいずれは家族の負担になるだけなのかも。常々そんなことを考えていて,先月神保町のシェア書店の一棚店主になってみた。一棚ブックセラーの顛末記も近いうちに。スコットランドの本の街ウィグタウンにはいつか行ってみたい。

 今はまだ手持ちの蔵書を並べているが,いずれ「棚に並べるために買う」時の参考になりそうなこんな一節。「…エヴァは本の買取に興味を示し,いったい何を基準にして,どの本を買うか,いくらで買うかを決めるのをしりたがった。ぼくはなんとかうまく説明しようと試みたのだが,そこで逆に買取というプロセスの複雑さに気づかされることになった。要するに自分で勝手に決めないかぎりは,ルールなど存在しないのだ。」(p.254)