積読本の山を少しずつ崩していこうと,まずはガルシア・マルケスの初期短編集「十二の遍歴の物語」(旦敬介訳,新潮社)を手に取る。12編すべてヨーロッパが舞台になっているが,それぞれ独立した短編で連作ではない。しかし,読み通すと「ヨーロッパのラテンアメリカ人」とは何者なのか,というテーマが立ち上がってくる。
ただ,そうしたテーマはガルシア=マルケスの紡ぐ物語の通奏低音とでもいったものであり,12の個々の物語はどの一つをとっても現実と幻想のはざまを漂う不穏な物語だ。
とりわけ,「『電話をかけに来ただけなの』」という一篇に惹かれる。バルセローナに向かって一人で運転していたレンタカーが故障したマリア・デ・ラ・ルース・セルバンテスは一台のバスに乗って精神を病んだ人々の入る病院へと導かれる。マリアは夫に「電話をかけに来ただけ」なのだ。
その後の出来事は,一体何が正気で何が狂っているのか,マリアにも夫のサトゥルノにもそして読者にもわからない。しかし,読み進みながら,これはまるで子供の頃に怖れた妄想そのものではないか,とも思う。
そのことに気づいたとき,「ああ,やっぱり,こういう話は現実にあるんだ」とふと考えてしまったことにまた戦慄する。小説という虚構の世界の出来事に,自らの妄想を重ね合わせた結果,それは奇妙なリアリズムを伴って身体に迫ってくる。
瓦礫と化した精神病院を(おそらくは)満ち足りた表情で立ち去ったマリアが辿りついだ場所は,私が本を閉じて一歩を踏み出したまさに今,ここなのではないか。
ほかに「毒を盛られた17人のイギリス人」,「雪の上に落ちたお前の血の跡」など。ガルシア=マルケスの描く生と死の境界は,東京に降る雪のようにあいまいで茫洋としている。
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