2016-06-05

読んだ本,「黄金の少年,エメラルドの少女」(イーユン・リー)

 イーユン・リーYiyun Liの短編集「黄金の少年,エメラルドの少女」(河出文庫)を読了。北京生まれの作家によって英語で書かれた"Gold boy, Emerald Girl"の全訳である。作家本人の指示で,すべての登場人物名は漢字が当てられていて(『獄』の登場人物は扶桑(フーサン),一蘭(イーラン),羅(ルオ)というように),読んでいて英語からの翻訳ということをたびたび忘れてしまう。

 原語が英語だろうが中国語だろうが,作家の紡ぐ小説世界は確固たるものかもしれないが,読者である私にとっては何かが違う。同じアジア人としての精神世界が一度英語に翻訳されて,それがまたアジアの言語へと再翻訳されているという意識。たとえば多和田葉子がドイツ語で書いた小説を日本語訳で読むとき,そこに違和感を感じずに読むことができるだろうか。

 それはともかく,物語の世界はどれもぐいぐいと読者をひきつける。『獄』は移住先のアメリカで子を亡くした中国人夫婦が,中国に戻って代理母に子を産ませ,その子を連れてアメリカに戻ろうと企む話。夫婦の哀しみと,代理母となる若い娘の哀しみが幾重にも交錯する。現代的なテーマであるはずの生命倫理観はあくまでも物語の通奏低音であり,描かれる夫婦や親子の愛に,何度もページを繰る手を止めて考え込んでしまった。

 「将来楽しみなことがほとんどないにもかかわらず,なお愛し合っている,その事実だけで耐えがたかった。一蘭はときおり,互いに背を向けてそれぞれが一人で悲しみと向き合えたら楽になれるんじゃないか,と思った。」(p.134より引用)

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