2021-05-05

読んだ本,「破壊しにと彼女は言う」・「ユダヤ人の家」(マルグリット・デュラス)


  休日に書棚を整理して,河出海外小説選に入っているデュラスのこの2冊が気になる。どちらも古書で手に入れたもの。「破壊しにと彼女は言う」(田中倫郎訳 1978)は随分前に1992年刊の河出文庫版で既読だが,ページを繰ってすぐにあれ,と気付く。登場人物の1人の「ステーン」は文庫版では「シュタイン」だ。ドイツ語読みに人名表記を修正したらしい。ということは「ロル・V・ステーンの歓喜」(1967)はどうなんだろうと調べてみると,やはり1997年刊の河出書房新社版は「ロル・V・シュタインの歓喜」だった。

 小説の本筋とは関係なく,こんなことが気になってしまう。Steinはユダヤ人に多い姓。日本語表記はシュタインとするのが通例で旧表記を修正したのだろうか。感覚的なものでしかないけれど,なんとなくデュラスの小説の登場人物は「ステーン」の方がしっくりくるな。「シュタイン」の音は明るい。「ステーン」は閉じている。「デュラスの小説の登場人物」という先入観があるからだろうか,そんなことを考えてしまった。

 「ユダヤ人の家」の解説がユダヤ人のヨーロッパ放浪について詳しい。前作にあたる「破壊しに…」との舞台設定の違いなども。2冊合わせて読み返してみてデュラスが描く人間たちの緊張関係を楽しんだ気になったが,欧米人にとっては常識的でも日本人には容易に理解できないユダヤ的なニュアンスや知識が厳然と存在する。

 不安が日常を覆う休日に,深くは考えずあくまで「テクスト テアトル フィルム」という自由で可塑的な小説世界を楽しむことにした。時がたつのを忘れた。

 「『ぼくたちは,理性の上にたった,いつ実現されるかもわからぬ期待を信じてきたんです。今では,そんなものは役に立たないと思っています』とアバンが言う。/ダヴィッドは考え込む。まわりの者たちの表情をさぐる。/『なにがあったんです』とダヴィッドは訊く。/『忍耐が目的になったのです』/ダヴィッドは,唐突に顔をそむけ,自分の武器にさわったが,火にさわったようにそれをはなす―そう言ったのはユダヤ人だったのだ。彼の声はおだやかだった。」(「ユダヤ人の家」p.136)

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