悩みを抱えてひきこもる女子高生の美緒が,一度も訪れたことのない盛岡へ家出をする。そこにはホームスパン職人の祖父や縁戚がいて,やがて彼女は職人として生きていくことを決意する、というのが大筋。絡んでくる登場人物の誰に感情移入すればよいのか,まごまごしているうちにみながハッピーになっていく。
盛岡の喫茶店めぐりをしたいな,とか前回行かなかった鉈屋町で織物体験をしてみたいな,とか能天気な考えばかり浮かんでくる。「癒される」とはこういうことなんだろう。こうやって読者がハッピーになる小説を書ける人はさぞ幸せだろうな,とへそ曲がりな読者は斜めの笑顔を作る。印象に残ったのは中津川で鮭の遡上を眺める場面。
「透明な水の中で,30センチほどの鮭が寄り添うようにして二匹いた。上流に向けた頭は静止しているが,尾だけがゆらゆらと左右に揺れている。/再びポケットからピンク色の羊を出し,写真を撮ろうとして手を止めた。/川岸近くの流れのよどみに鮭が一匹,腹を上に向けて浮いている。/こちらは死骸だ。」(p.255)