2022-03-13

読んだ本,「このページを読む者に永遠の呪いあれ」(マヌエル・プイグ)

 久しぶりにマヌエル・プイグを読む。「このページを読む者に永遠の呪いあれ」(木村榮一訳 現代企画室 1992)読了。2人の男の会話が延々と続く。まるで登場人物が2人だけの映画か舞台を見ているようだ。プイグの小説ってこんなに面白かったか,としばし読書の愉悦にひたる。

 2人の男は74歳のラミーレスと,彼を介護する36歳のラリイである。2人のやりとりは時に現実なのか妄想なのか,過去なのか現在なのか,そしてこの物語は悲劇なのか喜劇なのか。読者はこの2人に,そして作家プイグに試されているのかもしれない。

 小説の最後は数通の書簡の引用である(ネタバレになるので差出と宛所はここでは伏せる)。訳者解説によると,プイグの小説作法の試行錯誤の時期の作品ということだが,この書簡の存在によって,読者はこの不思議な物語の(ほぼ)全貌を知ることになる。つまり,プイグは読者を突き放しはしないのだ。

 以前も書いたことがあるのだけれど,プイグの来日講演を聴講したことがあり,次作の構想などをほがらかに語る姿を目の当たりにしたその数か月後,新聞の逝去欄にマヌエル・プイグの名前を見つけたときの驚きと悲しみは今も忘れられない。

 訳者解説の最後はこんな一文で締めくくられる。「僕たちはこのうえもなく優しい一人の小説家を失ったのである」(p.396) そう,まさにその通り,と深く首肯する。この本のページを読む者には永遠の悦びが与えられる。

 「口をひらけば,仕合わせ,仕合わせとおっしゃいますが,そう簡単に手に入るものじゃないんですよ」/「彼はどんな顔をしている?」/「神様ですか?」/「そうだ」/「深い皺のきざまれた厳しい顔立ちをしています。それでいて穏やかなんです、造りは大きいですね。厳めしくてしかもやさしい,厳しさの中に穏やかさが秘められています。(略)彼にはそれ以上のなにかがあったんです。とにかくなにかがありました。なにを言ってもけっして拒まなかったでしょうね。ただ,ほとんどなにも持っていなかったので,人に与えることはできなかったんです。とほうもなく善良な人でしたが,それがいちばん大切なことだったんです。彼からなにを期待していたのか。自分でもよくわかりません。」(pp.208-209)

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