2013-02-04

2013年2月,東京本郷,野谷文昭教授最終講義

  東京に季節外れの暖かさが訪れた日の夕方,野谷文昭氏の東京大学退官記念最終講義「深読み,裏読み,併せ読み ラテンアメリカ文学はもっと面白い」を聴講してきました。

  私にとってのラテンアメリカ文学体験はマヌエル・プイグ「蜘蛛女のキス」(野谷文昭訳)に始まります。1990年3月に来日した作家と野谷氏の対談を楽しく聞いたその年の7月,プイグはメキシコで急逝。対談中ずっと陽気だったプイグはこれから書く小説の構想なども語っていたのに,と新聞の死亡欄を見て言葉を失ったことを思い出します。と,感傷に浸っているうちに文学部1番大教室はみるみる満員に。教室の後ろや両側の壁にそってずらりと立ち見の人も出るほどの盛況でした。

 日本ですっかり人気が定着したラテンアメリカ文学だが,それらはほんとうに面白く読まれているだろうか,という野谷教授の問いかけから講義は始まります。ガルシア=マルケスの「最近のある日」(「悪い時」所収),「この世でいちばん美しい水死人」(「エレンディラ」所収)などを深く読む楽しみ(この水死人のモデルはゲバラに他ならない!)や,ボルヘスの「裏切り者と英雄のテーマ」とマルケスの「予告された殺人の記録」を併せて読むことで,対照的な作家ととらえられがちな二人が,シェークスピア(ここではマクベス)が介在することによって実は似ていることに気づく,という分析などなどに圧倒されてあっというまに時間が過ぎていきます。

 「作品は能動的な読者のもとで成長し続けるのです」と締めくくられた授業の最後はいつまでも鳴り止まない拍手。講義冒頭の,「私はラテンアメリカ文学から,孤立や敗北を怖れない勇気を学びました」という言葉は,一編の小説を読むのと同じくらい,重いものでした。
 
 

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