2023-02-19

読んだ本,「廊下で座っているおとこ」(マルグリット・デュラス)

 陽が長くなりやっと春が近づいてきていることを感じ始めた矢先に,インフルエンザに罹患してしまった。健康ではない,というのはこんなに辛いことかと改めて思う。ようやく恢復して,この1週間の読書の記録など。

 朦朧とした頭でデュラスの「廊下で座っているおとこ」(りぶるどるしおる14 書肆山田 1994)を読了。小沼純一訳。「大西洋のおとこ」を併録。

 画面全体にもやがかかったフィルムを1本見終えたようだ。登場人物はおとことおんなとわたし。わたしはフィルムを見ている私なのか,それともフィルムの中でおとことおんなを見ているデュラス=もう1人のわたしなのか。

 「わたしはみる、紫の色がやってくるのを,それが河口に達するのを,空が隠されるのを,巨大なものにゆっくりと向かっていくのを,止まるのを。わたしはみる、他のひとびとがじっとみているのを,ほかのおんなたちが,いまは死んでしまったほかのおんなたちが広大で深い河口に向かうやはり暗い稲田にふちどられた河のまえで夏のモンスーンがつよくなりよわくなるのをじっと見ていたのを。わたしはみる,紫の色から夏の嵐がやってくるのを。」(pp.42-43)

2023-02-12

2023年2月,東京六本木・銀座,「クリストとジャンヌ=クロード」,「岡路貴理個展」

 
 近日中に会期終了する展覧会をチェックしていて,少し前にでかけた「クリストとジャンヌ=クロード」展を記録に残すのを忘れていた。2月12日までの展覧会。「包まれた凱旋門」のプロジェクトを紹介する展示で,ドローイングや写真ばかりでなく模型や実物の一部の再現もあって迫力満点。

 子供向けの展示ガイドが置いてあって,「どうして包んだのかなぁ?理由を想像してみよう!」と書いてある。大人も考える。理由はいるだろうか?「包みたかった」のだろう,と思う。その情熱は純粋だし,アート作品としてのドローイングや写真はとてもクールだ。

 ただ,どうしても彼らのプロジェクトにつきまとう危険を思い出してしまい(アメリカと茨城のアンブレラプロジェクト(1984-91)についていろいろ読んだり調べたことがある),この情熱を美しいと言ってしまうことに若干の抵抗を覚えるのも事実だ。

 手元にはアートフロントギャラリーで1995年に開催された「梱包されたライヒスタークと進行中のプロジェクト」の図録がある。久しぶりに手にして,少々複雑な想いで頁をめくった。

 さて,気を取り直して(?)先週銀座で見た日本画の個展の記録。岡路貴理さんは芸大日本画専攻に現役合格して,現在博士課程に在学中の気鋭の作家さん。修了作品が芸大買い上げになったのだそう。展示会場には作品とともに華やかな未来が詰まっているようだ。

 画題は思ったより多様で,本人の挨拶文には「旅や街,都市,日常の様々な風景を題材に記憶の形象を模索しつつ新たな日本画表現を試行して」いるとある。ガラスブロックのシリーズが深く印象に残った。向こう側とこちら側を隔てるガラスを写実的に描いて,向こう側の何かを想像させてとても魅力的。これからの活躍がとても楽しみ。


2023-02-11

2023年2月,横浜あざみ野・センター北,「潮田登久子写真展 永遠のレッスン」・「活字」展

 横浜で面白い展覧会を2つ見てきました。横浜市民ギャラリーあざみ野で開催中の「あざみ野フォト・アニュアル2023」の「潮田登久子写真展 永遠のレッスン」はこの展示が無料だなんて,とまずはそこに感激。横浜美術館が休館中の今,これだけ充実した内容の写真展を見ることができて,とても嬉しい。

 潮田登久子といえば「本の景色 BIBLIOTHECAシリーズが代表作と思っていましたが,初期の「街へ」や撮影者の冷静な過激さが魅力(図録p.10光田ゆり論考より)という「冷蔵庫」のシリーズ、そして「みすず書房旧社屋」など,どれも端正で魅力的なモノクローム。

  数々の書籍が生まれたみすず書房のまるで古屋のような佇まい。図書館の書庫のほの暗さと匂い。静かな展示室を何度も行ったり来たりして充実の展示を堪能しました。

 さて,次は市営地下鉄でセンター北へ向かい,横浜市歴史博物館で「活字 近代日本を支えた小さな巨人たち」を。「活版印刷と漢字活字の誕生,活字と印刷術の日本への伝来,そしてその後の発展の歴史をたどる」(チラシより)展示です。

 何よりびっくりしたのが漢字活字は欧州で誕生したということ。聖書翻訳の展示になるほどと得心しきりでした。「主の祈り」(1805年)の活字の美しさは,主への敬虔な思いがそこに込められているからだろう。

 活字伝来前史のコーナー展示も興味深く拝見しました。奈良時代の百万塔や,慶長年間の嵯峨本の展示なども。最近,辻邦生に回帰(?)しているので「嵯峨野明月記」など読み返してみようか,とそんなことを考えながら地下鉄にのって帰路につきました。充実の一日。

2023-02-04

読んだ本,「鏡は横にひび割れて」(アガサ・クリスティー)

 昨年,夢中で見ていた大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の最終回について,脚本家の三谷幸喜自らが「アガサ・クリスティーのある作品に影響を受けた」と発言。そう言われると読みたくなるじゃないか,というわけでネットで推定されていた「鏡は横にひび割れて」(橋本福夫訳 早川書房)を読了。

 なるほど,確かにあの最終回の展開を連想させる内容で,あっという間に読了。ミステリー小説の筋を追うことは野暮というもの。それよりもこのタイトル,そうか,テニスンだ!「シャルロット姫」だ!

 織物はとびちり,ひろがれり/鏡は横にひび割れぬ/「ああ,呪いがわが身に」と,/シャロット姫は叫べり。(p.141)

 マリーナ・グレッグが「何か」を見たときの表情を,居合わせたバートン夫人がミス・マープルに説明する際に例えとして挙げた詩篇の一節。「近頃の人はテニスンなんて古臭いというけれど,わたしは若いときには心をときめかせて『レディ・オブ・シャロット』を読んだものだし,いまだってそうなのよ」(p.111)

 バートン夫人,私も思わす心がときめきます,と頁を繰る手に力がこもる。ロンドンのTateで見たPre-Raphaelitesの展覧会、2012年のことだからもう10年経つとは。思わず図録を探し,ウィリアム・ホルマン・ハントのThe Lady of Shalottの頁を凝視。

 解説文には小説に引用されている部分の原詩も掲載されている。Out flew the web and floated wide; The mirror crack'd from side to side; "The curse is come upon me" cried The Lady of Shalott.("Pre-Raphaelities" Tate Publishing 2012 p.224)

 そして,Tate所蔵のJ.W. WaterhouseのThe Lady of Shalottも思わず探し出す。ボートに乗ってキャメロットへ,畢竟,死へ向かう姿が描かれたその大画面の油彩画は,魂を揺さぶる迫力だった。Phaidonの画集は確か下鴨神社の古書市で購入したもの。

 鎌倉殿からなぜかロンドンTateへと,予期せぬ旅をした気分。楽しい読書時間だった。思わず,鎌倉殿ありがとうございます,と独り言ちてしまう。