2024-03-31

2024年3月,東京池袋,「リア王」

 池袋の東京芸術劇場で「リア王」を観劇。段田安則のリア王,エドマンド役は玉置玲央。今年の大河ドラマに夢中なのでこの二人の生のお芝居を見てみたかったのです。ショーン・ホームズ演出の素晴らしいとしか言いようのない舞台。緊張感にあふれる3時間弱,古代英国が舞台のはずなのに,リア王をめぐる老人と兄弟姉妹の物語が孕む問題は,私たちが生きる現代社会が直面するそれと同じではないか。

 四大悲劇の1つなのだから,希望のある結末を期待する方が間違っているわけで,しかしながらあまりにも悲惨すぎる。学生時代に読んだきりなので,久しぶりに復習しなくちゃと岩波文庫を探し出す。野島秀勝先生の訳と解説が,講義を受けているよう。

 コーディリアの「申し上げることは何も。」には脚注として「原語は‛Nothing’の一語。この一語は全幕を通じてさまざまな劇的文脈で,こだまのように繰り返される。(以下略)」と言った具合(p.20)。そうだ,こういう話だったと思い出しながら,繰り返されるNothingを辿りつつ,観劇の余韻に浸る。



 

2024年3月,東京上野毛,「中国の陶芸展」

 上野毛に出かけて美しい中国の陶芸を堪能してきました。五島美術館で3月31日までの開催ということで慌てて駆け込む。体調がまだ完全には回復してないのですが,美しいものに慰められるというか。たくさん歩いたのに,本当に元気になってくるから不思議です。

 それにしてもこれだけの逸品がすべて館蔵ということで,蒐集の審美眼には感服という他ありません。どれか一つ持ち帰ってよいと言われたら(帰る前に心臓が止まりそうだけど),磁州窯の梅瓶かな,それとも唐の三彩万年壺かな,などと妄想全開。青と緑の釉薬が美しい唐三彩は,東博のもっと小さな類品が記憶にあるのだけれど,釉薬の色といい流れ方といい今の気分にどんぴしゃときました。同時公開の館蔵古鏡コレクションの特集展示も圧倒的な展示。

 こういう展覧会を見たあとは,古本屋や古書市で手に入れた古い書籍を繰るのが良き。平凡社の陶器全集「磁州窯」は昭和41年刊。つい,書棚に並べた後は埃をかぶってしまいがちだけど,時間も気持ちも余裕のあるときにゆっくりと眺めるのは至福の一時です。 

2024-03-23

読んだ本,「散歩哲学」(島田雅彦)

 島田雅彦の新刊「散歩哲学 よく歩き,よく考える」(早川書房 2024)読了。島田雅彦の散歩論といえば,2017年の日本近代文学館での講演「歩け,歩き続けよ」が真っ先に思い浮かぶ。あの講演の内容が1冊の本にまとめられたのかと思うと,参加したことが読者としてちょっと(かなり)嬉しい。

 講演では課題図書になっていたルソーの「孤独な散歩者の夢想」を詳しく取り上げていたけれど,本書ではほとんど記述なし。なぜだろう? 社会から締め出された親父のグチ,なんて言ってたから,もっと有益(?)な図書の紹介に努めたのか,などど勘繰りたくなってくる。

 第2章「散歩する文学者たち」も面白いし,都心や郊外の実際の飲み歩き散歩コースの詳細な記録も思わず辿ってみたくなる(こんなに呑めませんが。)。最初のページのこんな一節に快哉。「移動の自由はたとえ国家や社会,支配者からそれを制限されたとしても,決して譲り渡してはならない権利である。私たちは飢餓や暴力の恐怖に晒されたら,今いる場所から逃げ出す権利を持っている。差別やいじめに遭ったら,その不愉快な境遇から抜け出す自由を持っている。散歩はその権利と自由を躊躇なく行使するための訓練となる。」(p.3「プロローグ」より) 

2024-03-19

2024年3月,東京四谷,「壬寅進宴図屏のなかの朝鮮王室の踊りと音楽」

 


 久しぶりに展覧会に出かけてきました。他にもいろいろ見たい展覧会があるのですが,会期最終日だったので四谷の韓国文化院で「壬寅進宴図屏のなかの朝鮮王室の踊りと音楽」展を。こじんまりとした会場のすっきりと充実した展示に感動。まるで韓国の博物館の一室がそのまま再現されているよう。描かれた舞踊を再現した動画も美しい。奥のスペースは楽器や衣裳の展示でした。

 この図屏は韓国国立国楽院の所蔵だそう。2015年に訪れたソウルの国立古宮博物館でも楽器の展示が充実していたことを思い出し,たくさんの博物館めぐりをした初めての韓国旅行が懐かしい。韓国国立国楽院はノーマークだったな。またゆっくり行きたいな,とそんなことを思う午後。

2024-03-14

読んだ本,「ニジンスキー 踊る神と呼ばれた男」(鈴木晶)

 

 「ニジンスキー 踊る神と呼ばれた男」(鈴木晶,みすず書房 2023)読了。バレエ・リュスの「牧神の午後」のプログラムのイメージが好きすぎて,そこからニジンスキーに入っていったというと彼のファンには怒られそうだ。

 兵庫県立芸術文化センターの「薄井憲二バレエコレクション」のプログラム現物資料をいつか見に行きたいとずっと思っていたところ,今年1月には京都で「踊るバレエ・リュス」というイベントが,そして兵庫県立芸術文化センターでは3月10日までこのイベントの特別展である「レオン・バクストの衣裳」展が開催されていた。体調が悪くて,神戸も京都も行くことが叶わず,あまりに残念で痛恨の極み。

 そこでこのずっしりと読み応えのあるニジンスキーの伝記にじっくり取り組んでみたという次第。ダンサーであり振付家であるその生涯がとにかく詳細に描かれる。とりわけ南米公演に向かう途中の突然の結婚によってディアギレフからバレエ・リュスを解雇されるくだりや,一時的に復帰してもやがて狂気に陥り,ロンドンで死に至るまでの緊張感など,濃密な映像作品を見るように読み進め,読了後はしばし呆然。

 特に第5章の「振付家ニジンスキー」を興味深く読んだ。「牧神の午後」の振付に影響を与えたであろうルーブルの古代ギリシャの壺や,彼自身が記録した「舞踊譜」の図譜としての美しさなど,豊富な図版によりイマジネーションが刺激される。

 ディアギレフとの関係や,レズビアン的嗜好をもつ妻との関係など複雑な性向についても詳しいが,冷静で淡々とした筆致で語られていて信頼して読むことができた。なお,ディアギレフを中心とした共同体については海野弘の著作も併せて読んでみた。初めての知見が多くてこちらも読後は呆然。

2024-03-04

これから読む本,「十牛図 自己の現象学」

 十牛図にはずっと関心があって,随分と前に下鴨神社の古書市で手に入れた「十牛図 自己の現象学」(上田閑照・柳田聖山,筑摩書房,1982)を読もう読もうと思いつつ,なかなか進まないまま。

 まずはごく基礎的な知識を,と思って探してみたらこの本を見つけた。「あなたの牛を追いなさい」(枡野俊明・松重豊,毎日新聞出版, 2023)。序章に「十牛図は禅の入門書のようなもの」とあるので,まずはその入門の入門を,というわけ。

 枡野氏の禅の読み物はわかりやすくて読みやすく,「禅の言葉」「無心のすすめ」などを愛読。平明な言葉で十の図像の意味を学ぶことができたので,今度こそ腰を据えて読書に取り組もう。松重豊が禅の教えを自分の俳優業に展開していくのも一興,面白かった。(私は「孤独のグルメ」の大ファン。)