「無意味の祝祭」(ミラン・クンデラ 西永良成訳 河出書房新社 2015)読了。2023年に他界したクンデラが「無知」(2003)以来10年ぶりに2013年に発表した小説が2015年に邦訳されたもの。訳者解説は巻末ではなく,出版社のメルマガの形で読むことができる。クンデラが自身の小説には本文以外の要素をつけることを認めない方針だからという。これまでの単行本や文庫本にはいずれも解説やあとがきが付されているので,この小説に限ってということだろうか。
その解説によれば,これはもともとフランスで15-6世紀に流行した世俗演劇である「阿呆劇」というジャンルなのだという。たしかに,小説らしいストーリー展開というより,上機嫌を求める登場人物たちの無責任で奔放な(しかし無意味ではない)雑談によって構成されるユーモア劇のよう。
そして読者はクンデラの筆に導かれて一篇の小説を読み終えるわけだが,最後にこんな台詞に邂逅してがつんとやられる。そしてこれぞクンデラの小説を読む愉悦であると再確認するのだ。
「ねえ,きみ,無意味とは人生の本質なんだよ。それはいたるところで,つねにわれわれにつきまとっている。残虐行為,血腥い戦闘,最悪の不幸といった,だれもそれを見たくないところにさえも無意味は存在する。これほど悲劇的な状況のなかでも無意味を認め,それをその名で呼ぶにはしばしば勇気を要する。しかし大切なのは,それを認めることだけではなく,それをつまり無意味を愛さなくてはならないということだよ。無意味を愛するすべを学ばなくてはならないということだよ。(略)無意味は叡智の鍵,上機嫌さの鍵なんだから。」(p.136)
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