小説は1791ー1804年のハイチ革命を主軸に,18世紀半ば頃から約1世紀のハイチの歴史が,架空の指導者ティ・ノエルを主人公にして描かれる。「序」でカルペンティエルは,ハイチを旅行して「現実の驚異的なもの」に触れてこの小説を執筆したとある。シュルレアリストの作り出す幻想的な世界がそこでは「現実的なもの」だったという。
人間の世界から動物の世界へ逃げ出そうと決意し,魔術によって鳥やろば,スズメバチ,蟻,がちょうに変身する主人公。彼は「よりよい世界」を探求しているのだという指摘(エミール・ボレーク「カルペンティエルと『この世の王国』」,巻末に所収)を含め,読者はこの「驚異的な現実」を受け止め,読み解いていかなければならない。思わずたじろぐが,それは読書の悦びにほかならない。
この小説を語るときに多く引用されている箇所。「天国に獲得すべき偉大なものがないのは,そこではすべてのものが規制の秩序に則っており,未知のものは消失し,生活は永遠のものであり,犠牲を課されることがなく,休息と喜びだけがあるからである。これにたいし,この世の王国では,人間は苦痛と苦役に打ちのめされ,貧困の中にありながらも心を美しく保ち,災難の真っ只中においても人を愛することができるのだ。この王国においてこそ,人間としての偉大さ,人間としての最大の可能性を発見することができるのである。」( p.159)
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