「存在の耐えられない軽さ」(千野栄一訳 集英社文庫)を読みました。ダニエル・デイ・ルイスとジュリエット・ビノシュが主演で1987年に映画化もされています。この本を読み返そうと思ったのは5月に亡くなった吉田秀和氏の「新・音楽展望 1991-1993」(朝日新聞社)を読んだのがきっかけです。
「クンデラの《存在の耐えられない軽さ》を読んでいる。」で始まる「『軽さ』と『重さ』の変容」を読んで,映画を見たし原作も読んだ,と思っていた作品なのに,私は何を読んでいたのだろうと唖然としました。氏が印象に残ったというペトシーンの丘の場面(そこには生に耐えられなくなった者の望みを音もなくかなえるために射殺する3人の男がいる)など,そんなシーンがあったことすら覚えていない。そしてベートーヴェンの最後の四重奏曲のモットー《そうでなければならないのか。そうでなければならない。》が作中に引用されているということも。
「もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば,われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとして現れるのである。/だが重さは本当に恐ろしいことで,軽さは素晴らしいことであろうか?」(pp8-9から引用)という作家の問いかけを,トマーシュとテレザの人生をたどりながら時間をかけて考え続けました。
「新・音楽展望」では音楽における重さと軽さの《変容》へと話題は展開し,R・シュトラウスの弦楽合奏曲《変容》とカラヤンの演奏する同曲のCDの存在が読者の前に差し出されます。ベートーヴェンの四重奏曲と合わせてぜひ,これから聞いてみたい。1冊の本を読んだのがきっかけで,豊かな時間が長く,そして深く続きます。