2021-12-07

2021年11月,東北(4),津軽金木「斜陽館」・五所川原


 青森県立美術館と三内丸山遺跡が今回の青森旅行の目的だったのですが,青森まで来たのだから行ってみたかった場所がもう1つ。金木(かなぎ)の斜陽館へは青森駅から五所川原で津軽鉄道に乗り換えるアクセスもよさそうです。

 文学少女(?)だった中学・高校生時代,もれなく(??)太宰にどっぷりとはまっていました。今思い返してもちょっと息苦しくなるくらい。で,その頃はいつか津軽の斜陽館を訪れよう,と心に思い描いていたものでした。が,時を経て太宰文学からはすっかり心が離れてしまい,今回の津軽行きは人生の宿題の一つを果たすというか,十代の自分に会いに行くような心持ち。

 やっぱり旅の伴は「津軽」(太宰治 新潮文庫)だよな,とカバーをかけた文庫本をリュックに入れて青森駅からリゾートしらかみ号に乗り込んで五所川原へ。アクセスがよいと錯覚したけれど,何しろJRも接続の津軽線も本数が少ない。朝出発して,青森駅へ戻ってくるにはほとんど選択肢などなく,帰路は五所川原で1時間以上電車を待って戻ってきたのは夕暮れどき。やっぱり遠いな。。

 「『ね,なぜ旅に出るの?』『苦しいからさ』」(p.32)で本編が始まる「津軽」。久しぶりに読む太宰には,おお,きました!という感じ。そうだ,太宰はこうこなくちゃ,と頁を繰りながら,夢中だった女学生の自分の姿をちらちらと駅のホームに探す。

 冒頭に「津軽の雪」として東奥年鑑からの引用があり,「こな雪 つぶ雪 わた雪 みず雪 かた雪 ざらめ雪 こおり雪」とあります。前日からの不思議な空模様の種明かしみたいだ,と思っているうちに五所川原駅に到着し,津軽鉄道に乗り換えて金木駅へ。

 駅から10分くらい歩いて突然目の前に現れたのが斜陽館。文学案内やガイドブックでおなじみの姿を前に,ついにここまで来たよ,と独り言ちる。あとは淡々と見学コースをたどって,太宰がお金持ちのぼんぼんだったということを再確認していきます。
 
 建設当時にかかった費用は現在の価値に換算すると7億とも言われているとのこと。太宰が蟹を手土産に宴に参加したという2階の広間はとても品のよい立派な座敷で,「蟹というものは,どうも野趣がありすぎて上品のお膳をいやしくする傾きがあるので私はちょっと躊躇した」(p.139)という太宰の困惑顔が浮かんできてちょっと可笑しくなる。

 記念の品を何か買おうかと思ったけれど,心動くものはなく,ライブラリーの棚には又吉直樹の著作なども並んでいるのをちらりと見て,私の斜陽館体験はおしまい。来てよかったのかどうなのか,いずれにしてもこんなに遠くまで来ることは二度とないだろうなと,電車を待つ間ぼんやりと暗い空を眺めたのでした。

 津軽鉄道にはかわいいガイドさんが同乗して,沿線駅のガイドマップなど配ってくれます。もうすぐシンゴさんの電車が見えますよ,カメラの用意をと言う。香取慎吾がスマップ時代に地元の子どもたちとペイントした車両だそう。はい,パチリ。

 五所川原では立佞武多の館を訪ねて,これにはほんとに感動! 何しろでかいのです。6~7階建のビルの高さの中に鎮座した3体は,お祭り当日には壁がぐあーんと開いてそこから出陣するのだそう。8月にお祭りを見に来たいなあ,とこれは新たな人生の宿題になりました。

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