2025-08-10

読んだ本,「編むことは力」(ロレッタ・ナポリオーニ)


  「編むことは力」(ロレッタ・ナポリオーニ著 佐久間裕美子訳 岩波書店 2024)読了。新聞の書評欄で見て面白そうだったので読んでみた。編み物はごく基本的な物なら趣味の一つと言ってもいいかも。嫌いじゃないけど,何しろ集中力が続かない。

 この本は編み物の歴史とか,社会的な意味づけを解説するのかな,と思って読み始めたらちょっと趣が異なる。著者やその知人たちの個人的な「物語」を通して「編むこと」が語られる。読み終えて,何かを編みたくなってくるような,いや,もう編み物はこりごり,と思えるような不思議な力を湛える本。

 全8章のうち,特に興味深く読んだのが2章「糸の檻を開ける」と4章「フェミニズムと糸の愛憎関係」。前者には,家庭の中で自分を主張することなく家族のために生きてきた女性が登場する。決して自分を語らず,強迫的に編み物を続けてきた彼女が人生の最後に取ったある行動に家族は動揺するという物語。

 彼女にとって編み物は「都会での新しい生活を改善し,与える者という,自ら選んだアイデンティティを築く助けになった。けれど同時に,編み物は,孤独という現実の独房に,自分の手で作った,鍵穴のない,中からも外からも開けることのできない,子どもすら入ることを許されない檻に,彼女を閉じ込めた。」(p.33) …息苦しくなる描写だが,彼女とともに過ごした家族やコミュニティにとって,彼女がいかに大きな存在だったかが語られるくだりは感動的ですらある。

 4章「フェミニズムと糸の愛憎関係」にはこんな一節。「男性,クィア,トランスジェンダーによる編み物は,特に公の場で行われる時,その時代に対して,マスキュリン,フェミニンの定義に対する疑問を投げかける先頭に立ってきた。編み物は,日常生活の中で,ジェンダーはこういうものだという社会の目線に挑戦することができる。」(p.82)

 そしてエピローグ「必要なのは愛だけ」には,著者自身の人生と編み物についての語りが綴られる。「これまでの混乱は,実は幸福をもたらすものだったのだろうか? 夫,とても快適な生活,二軒の美しい家,富裕社会における特別な場所といったすべてを,私は本当に失ったのだろうか? または反対である可能性もある。私はいま自由を手に入れていて,四〇年間編み続けてきたものが安心な毛布ではなく,拘束服だったのだとしたら?」(p.149) この問いかけに対する彼女自身の答えはあまりに美しく,読む者の心にストレートに響く。

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