こうして読者は叔母の遺言とは何だったのか,この小説を通して何を読むのか,何を摑めばよいのか,最後まで忍耐強く読み進めても「謎を解くには及ぶまい」とひらりと煙にまかれた感触しか残らない。
それでも,世阿弥論を説く古典教師とのやり取りや,老女の抗議が延々と続く病院の場面などは読後の余韻として心の深いところに残る。そんな断片としての古典教師の言葉から。
「純粋に死者と語ろうとする時,私はこの世を離れる努力を強いられているような気がしますが,もう一つ,そんな気分になる時があります。本を読む時です。文字という自然を離れた意味だけができることです。この無機質な記号の海から浮き出す雲に翻弄され,夢中になり,苦悶している時こそ,質的に,死者と語らうことに比肩すべき時間なのではないかと考えるのです。」(p.59)
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