2020-10-25

2020年10月,Curtis's Botanical Magazine,時計草の植物画

 馴染みの書店の催事コーナーで時々,ボタニカルアートの販売会をやってるのをちらちら見かけることがあります。ルドゥーテのバラの豪華な額装画などは,ほんとにきれいだけど,マダムの居間を飾るインテリア然としてあんまり好みじゃない(←手が出ないというだけ)。この日はたまたまテーブルに並んでいる額装が目に入って足を止めました。おおお。大好きな時計草。

 そして,この構図。確かに見たことがある! 自ら収集家だという担当者の説明も上の空で家に飛んで帰って,書棚へ直行。澁澤龍彦の「フローラ逍遥」のページを繰るのももどかしく,時計草のページを開く。おおお。まさにあの1枚!
 
 落ち着け,と自ら言い聞かせて,まずはネットで情報収集(←お値段を確認したというだけ)。というか,ほとんど流通してない。紙の状態もとてもよかったので,ややお高めではあるけれど,これを逃す手はなさそう。ということで翌日,書店へ飛んでいって手に入れました。いやあ,うれしい。
 1787年 Curtis Botanical Magazine No.28  PASSIFLORA CAERULEA。画はJAMES SOWERBYによるもの。オリジナルテキストもついてます。

 「フローラ逍遥」によれば,16世紀の末ごろ,南米に渡ったスペインの伝道師たちがこの花をパッションフラワー,「キリスト受難の花」と名付けたのだという。それにならって澁澤がこの花を描写してこう書いている。「じっと眺めていると,トケイソウの裂けた葉は刑吏の槍に,のびた巻きひげは鞭に見えてきた。花の中心にそそり立つ子房の柱は十字架に,三本の花柱は,キリストの両手両足に打ち込んだ三本の釘にそっくりであった。(中略)花の白い部分は純潔,そして青い部分は天国にほかならなかった。(後略)」(p.135「時計草」より)
 
 不安な気分の続く日々,疲労の濃い夜更けにこの一葉を眺めていると,何か背徳的な気分がしてくるのです。そう,覗いてはいけない世界をこっそりと見ているような。

2020-10-24

2020年9月,北海道(5),ウポポイ 民族共生象徴空間

 ずいぶん以前のことだけれど,函館の北方資料館を訪れたことがあって,アイヌの手仕事やアイヌ絵には爾来惹かれてきたのです。なのでウポポイのオープンはとても楽しみでした。旅の最終日,札幌から白老へ。帰路はそのまま千歳空港へ向かう予定です。駅でコインロッカーに荷物を入れて,いざレッツゴー。

 施設に足を踏み入れると,美しい湖が目の前に広がります。広さは一日で回り切れないほどの規模ではありませんが,体験交流ホールや学習館,屋外ステージや工房など,プログラムがぎっしりなので,効率的に回らないと半日では時間が足りないかな,という感じです。

 アイヌの神カムイの視点を体験する映像「カムイ アイズ」や,伝統的な歌や踊り,楽器演奏の「シノッ」の上演などなど,整理券を求めて列に加わりながらプログラムを楽しんでいると,ちょっとテーマパーク的なワクワク感が。シノッでは鶴の舞「サルルンカムイ リムセ/サロルン リムセ」に感動。

 そして国立アイヌ民族博物館は久米設計による美しい建物です。1階はシアターとライブラリーやショップなど,2階に展示室が配置されています。常設展示は中心部に円形に代表的な資料を並べ,外周に詳細な展示を展開するというもの。テーマは「私たちのことば」「私たちの世界」「私たちのくらし」「私たちの歴史」「私たちのしごと」「私たちの交流」の6つ。すべてアイヌ語の表示が第一言語となっています。

 そうか,ここでは「私たち」=アイヌの人たちが主語なんだ。アイヌの人たちの美しい手仕事の展示を楽しもう,と呑気に訪れた私にはこの展示はかなり驚きの連続でした。アイヌが受けた苦難の歴史の展示では胸が苦しくなってきます。苦難の歴史は誰が行ってきたものかの視点がぼかされている,という評も耳にしますが,ここを訪れる人にとってはそれは自明のことであって,展示を見て人として深く考える場ではないのか,とそんなふうに感じたのでした。

 アイヌ植物園でみかけたオオウバユリ(トゥレプ)。ころんとした形がかわいい。湖のほとりの丸木舟。実演もあります。体験もできるのかな。ちょっと怖いかも。。


 ポロチセの内部の見学では,生活の中でのカムイとの関わりの説明が興味深い。イナウはこんなふうにも使うんだ。
 旅を終えて,「ジャッカ・ドフニ」(津島祐子)を読み返してみよう,と思う。アイヌの歌の歌詞が繰り返されるこの美しい小説を読むことは,「私たち」と「あなたたち」が近づく一つの方法だと思うから。「浜へクジラがあがってきた フンポ・エー/行ってみようよ! フンポ・エー/浜へ大きなクジラが フンポ・エー/白身の肉をどっさり背負って フンポ・エー/あがってきた フンポ・エー/行ってみようよ! フンポ・エー」(p.457)

2020年9月,北海道(4),小樽・運河・小樽芸術村

 余市から小樽へ戻ります。電車の本数が少ないので,事前に確認が必要ですね。小樽は想像通りの観光地という感じ。運河もきれいでした。意外と人が多くて(自分もその一人),ガイドブックに載っていたレトロな喫茶店は行列ができてます。

 小樽芸術村は,旧三井銀行小樽支店,旧北海道拓殖銀行小樽支店,旧高橋倉庫・旧荒田商会の4つの建物をリノベーションして日本や世界の美術品・工芸品を展示する施設。ニトリが運営していて,旧北海道拓殖銀行小樽支店はずばり「似鳥美術館」です。とにかくなんでもありで,横山大観からモネ・ルノワールからアールデコのガラスから,ニトリってお金あるのね,という感じの美術館でした。
 旧三井銀行小樽支店は広い空間を楽しめるようになっていて,建築図面などの展示も充実。ちょうど企画展の「川瀬巴水と吉田博と旅する日本」展が開催中でした(10月11日までで終了)。吉田博をまとめて見れたのはよかった。ただ,展示室部分が全体の建物に対して貧弱な印象で,もうちょっと何とかならなかったのか。みたいな違和感あり。
 
 その点,旧高橋倉庫・旧荒田商会のステンドグラス美術館は建物と展示がこれ以上ないというくらいぴったり収まっていてとても気持ちのよい場所でした。似鳥美術館も,あれもこれもと詰め込まないでテーマを絞った方がよいんじゃないかと素人目には感じた次第。
美術館を出てぶらぶら歩いていると,弱い雨があがってきれいな虹が。

2020-10-23

2020年9月,北海道(3),余市蒸溜所

 前から行ってみたかった余市蒸溜所。ウィスキーはウン十年前は嗜みましたが,お酒が弱くなって以来ほとんど口にしてません。とはいえ日本のスコットランドと言われる蒸溜所,雰囲気を楽しみにいそいそでかけた次第。札幌から小樽で乗り換えて小1時間ほどです。

 で,スコットランドに行ったことがないので,本当にそうなのかよくわからないけれど,駅に降り立った瞬間から確かに異国の雰囲気が。街灯もなんだかよい感じ。蒸留所の外観もすてきです。

 キルン棟や糖化室・発酵タンク室などは外からの見学ですが.蒸溜棟は中も見学できます。石炭直火炊き製法の作業期間中だったので,職人さんが石炭をくべるところを間近で見ることができて迫力満点!ポットスチルにはしめ縄が貼ってあった。神聖な場所なんだな。

 貯蔵庫にずらりと樽が並んでる様子はイメージ通り。ウィスキー博物館では熟成の進み具合による琥珀色の変化も見ることができます。熟成と共に蒸発する現象をエンジェルズシェアと呼ぶのだそう。いちいち素敵だ。
 最後にお楽しみの試飲コーナー。午後からの小樽観光に備えて(?)ジュースにしとこうか迷ったのだけど,せっかくなのでシングルモルトをおそるおそる頂いたところ!あまりのおいしさ!例によって重い荷物を増やしたくなくてミニチュア瓶だけ購入しましたが,旅行から帰ってすぐに某カメラのお酒コーナーに直行。以来,夜な夜な楽しんでいるのであります!
 蒸溜所を出て少し先へ進むと余市川。ほんとにきれいな川なんだ。

2020-10-18

2020年9月,北海道(2),北菓楼・北海道大学総合博物館・弘南堂

 また間が空いてしまいました。やっと少し余裕ができてきて、今頃になって9月の旅行の写真整理と忘備録などを。

 札幌で文学館の次に向かったのは北菓楼札幌本館。大正15年に行啓記念北海道庁立図書館として建てられて,三岸好太郎美術館など美術館としても使われてきた建物が2016年に安藤忠雄によってリデザインされたもの。2階のカフェの壁面は6000冊の本が並びます。天井のデザインがすてきだ。建物の歴史を大切にしたデザインは上野の国際子ども図書館にも通じる雰囲気があって,とても気持ちのよい場所でした。

 おいしいメニューにも大満足して次に向かったのは北大キャンパス。天候がよければ植物園にも行きたかったのだけれど,冷たい小雨の中,総合博物館へ。

 収蔵標本が展示された3階が圧巻です。最初はウケてた標本展示(階段の脇にクマが座ってる!)も,バンビちゃんと親鹿が佇んでるあたりからだんだん怖くなってきた。。アイヌ・先住民研究センターのブースでは,ここでもウポポイの予習に励む!

 あっという間に時間がたって,博物館を出たのは薄暮のころ。北大はキャンパスというより広大な森ですね。一人とぼとぼと北13条門へ向かう道のりはなんとも心細いものでした。

 さて,門を出て街中へ戻ると元気百倍。今回楽しみにしていた古書店の弘南堂は門の目の前です。「池澤夏樹の旅地図」(世界文化社 2007)所収の「旅先の本屋で」という短いエッセイに登場する古書店。目次ページには作家が書棚を眺める書店内景の写真も掲載されています。

 「旅先で本屋に入って裏切られることは少ない」(p.246)という教え通り,文学館の展示がそのまま書棚に展開されているような充実ぶりに興奮。美術書のコーナーではアイヌ文化の充実ぶりにまた大興奮。ただ,「旅の途中で本を買うことの問題点は荷物がどんどん重くなること」(同)とある通り,あまり見境なく買うのはやめておこうと決めました。

 で,選んだのが「蠣崎波響伝」(永田富智 道新選書 1988)と「北海道の樹木と民族」(伊達興治 北海道出版企画センター 1995)の2冊。これならバックパックの中で旅の伴にできる,と店を出たのですが,あとになって串田孫一の「北海道の旅」の初版函入りを棚に戻してしまったのを後悔しきり。取り寄せたり,神保町で探したりもできるだろうけど,「旅先で買う」というその行為を,本の重さのためにあっさり諦めた我が愚かさよ(おおげさ)。

 さて,北海道初日の札幌ぶらぶらはこれでおしまい。2日目は余市と小樽へ!

2020-10-04

2020年9月,北海道(1),北海道立文学館


 9月の半ば,北海道に2泊3日の短い旅をしてきました。白老の国立アイヌ民族博物館の開館を楽しみにしていたのです。やっと旅を楽しめるかな,というタイミングで予約しようとしたら,入場者数の制限があって希望の日程では無理と判明。予定の旅程を逆回りにして,まずは札幌へ。

 北海道は随分と前に函館と旭川動物園を観光したことがあるだけ。札幌は素通りだったので,今回はゆっくりと楽しむことに。まずは中島公園に佇む北海道立文学館へ。冷たい小雨まじりの公園は,晩夏と初秋のさらにその狭間のような美しさ。

 特別展「作家たちの交差点」は,「北の話」という小冊子の特集展示で,入口にずらりと並んだ装丁が楽しい。佐藤忠良の美しい女性の横顔は原画の展示もあって望外の悦び!そして,なるほど「北の作家たち」とも「作家たちの北」とも言えそうな展示をゆっくりと拝見しました。中村真一郎は名前しか知らない。「蠣崎波響の生涯」を読んでみたい。今回の旅の伴に選んだ串田孫一の直筆原稿もうれしかった。
 常設展では「アイヌ絵巻と文学」という充実のアーカイブ展示を。ウポポイの予習をしたところで「北海道の文学」へ。広い大地の博物館は,どこも想像以上の規模で,ゆっくり見てるとどれだけ時間があっても足りません。少し足を速めて,現代の作家たちのコーナーではもちろん,池澤夏樹のクローズアップにテンションが上がります!

 ショップをうろうろしていたら,モノクロのポストカードに目が留まりました。掛川源一郎という初めて聞く名前の写真家の作品。これがとってもよいのです。2004年に写真展が開催されたらしい。見たかったなあと思いつつ,休憩コーナーで友人に便りを認めて,さて次は安藤忠雄のリノベーションによる北菓楼札幌本館へ。

 久しぶりの旅の思い出で長くなりそう。札幌前編ということで,続きは次項へ。