北井一夫は1944年生まれの写真家。学生時代の作品から最新作までを展示しています。初期は「バリケード」,「三里塚」などのルポルタージュ性の強い作品。その後,日本の農村風景をとらえた「村へ」「いつか見た風景」,新興都市の日常「フナバシ・ストーリー」などを経て最新作は震災後の東北の風景「道」。
どんな被写体の写真であっても,「外側」から見る冷めた視線を感じません。バリケードの中であれ,新潟の豪雪地帯であれ,今,ここにある「日常」をカメラに収めようとした写真家の視線が,実体験はなくともどこか懐かしい,という感覚を観るものに抱かせるのかもしれない。
そして,やはり実体験があるとそれだけ写真との距離が近づくのも事実。「1990年代北京」のシリーズの中に,胡同(フートン)の人々の優しい表情をとらえた写真があります。かつて3泊4日のおまかせツァー旅行に参加して,唯一の自由散策の時間に歩き回ったその場所。写真家の視線と自分の視線を重ねて少女の笑顔を見ていると,一瞬タイムスリップした気分に。
美術館のHPに写真家のエッセイが掲載されていて,50年分5000本ものフィルムを自宅で整理保存している抽斗を「時代の抽斗」と呼んでいます。それは,「もの」としての「抽斗」というだけでなく,写真家という存在そのものが「時代の抽斗」なのだ,という強い自負のようにも思え,長い時間写真を撮り続けるという行為に深い敬意を抱かずにはいられません。
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