随分と間が空いてしまいました。吉田健一がこんな風に書いています。そのまま言い訳に引用させてもらおう。「冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのでなくてただ確実にたって行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。」(「時間」吉田健一著,講談社学芸文庫,p7)
11月にでかけた展覧会を三つ,忘備録として。振り返ると,まるで連想ゲームのように導かれていった感じ。何に?それを「美の神様」と言ってしまいます。
まず,三井記念美術館「東山御物の美 足利将軍家の至宝」展。週替わりで目玉展示があり,私は「桃鳩図」など徽宗(南宋)の中国絵画を楽しみに展示終盤に訪れました。大らかで繊細。水墨画の様式美に宿る「時間」の流れに,ただただ呆けたように立ち尽くします。
で,同じ会場でやはり南宋の堆朱を見てノックアウトされる。文様の一つ,「屈輪文」の神秘的な美しさ。中国の漆芸はいろいろ見たつもりでいたけど,文様の名前は知らないものばかりでした。クリモン,クリモンと覚えて外へ出て,日本橋から神田方面へ向かいます。
次に神田錦町の天理ギャラリーで開催されていた「古代東アジアの漆芸 東洋の美」展を見ました。南宋の時代から,気の遠くなるような時間をさかのぼって古代中国漆器を堪能。春秋戦国時代の逸品がそろい,これはまったく未知の世界でした。帰路,思わず神保町へ寄って関連書を探す。源喜堂で「漆で描かれた神秘の世界」展図録(東京国立博物館,1998)を発見。冬休みにじっくり勉強してみよう。
さて,その翌週には上野毛の五島美術館にでかけて「存星 漆芸の彩り」展を見ました。これはまた宋・元の時代に戻って,茶人たちに珍重された唐物の中から「存星」と呼ばれた漆芸を集めた展示です。室町時代に「稀なるもの」と呼ばれたという「存星」とは一体何ぞや,という分類・解釈についての丁寧な解説を辿りながら,日々の喧騒とは無縁の時間を楽しんだのでした。美術館の入口で。晩秋の空の色はまだ冬の色を迎えていない。
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