2020-05-23

読んだ本,「にぎやかな湾に背負われた船」(小野正嗣)

  小野正嗣は翻訳の仕事しか知らなくて,何か面白そうな小説を読んでみたいと思っていてこの1冊を選んでみた。「にぎやかな湾に背負われた船」(朝日新聞社 2002)。三島由紀夫賞受賞時に,筒井康隆氏が「少しほめ過ぎになるが、小生は『ガルシア=マルケス+中上健次』という感銘を得た」と評したのだそう。

 舞台は「浦」。4人の老人の昔語りは脱線に脱線を重ね,時も場所も澱む。亡霊のように浦の沖に現れた「緑丸」はどこから来たのか,誰が錨を下したのか,教師と恋愛ごっこをする少女はそこで何を見つけるのか。

 面白いのだけれど,この澱んだ「浦」に惹かれるかどうかは読者を選ぶのではないか,と感じたのが正直なところ。読み終えて,そうだった,私はガルシア=マルケスは好きだけれど,中上健次は苦手だったんだ,と気付いた。

 「わたしたちは黙って湾の上にぽつんと浮かぶ船を見ていた。船はずっと同じ場所から動かなかった。忘れ去られることと思い出されることとのあいだに挟まれて身動きの取れない何かの痕跡のようだった。でも,それが何の痕跡なのかわたしにはわからなかった。」(p.70)

 小野正嗣には「水死人の帰還」という、これぞマルケス(?)というタイトルの作品もある。次はこれかな,と。 

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