2025-06-05

読んだ本,「日向で眠れ」「豚の戦記」(ビオイ=カサーレス)


  「日向で眠れ」「豚の戦記」(ビオイ・カサーレス 高見英一・萩内勝之訳 集英社 1983)をようやく読了。途中,面白そうな新書や軽いエッセイ集に何冊も寄り道してしまい,集中力が続かず随分時間がかかった。というか,集中力が続かないから寄り道をしてしまったのかもしれない。

 「日向で眠れ」は主人公ボルデナーベと精神病の妻の物語。妻の変化の真相をつきとめようと懸命に探究するボルデナーベはやがて深入りして恐ろしい科学の領域に巻き込まれる。そして読者も魔力に引きずられるように物語の結末を知ることになる。これは幻想的なSFと読めばよいのだろうか。すがるような思いで訳者解説を読む。「(略)じつは訳者のようにきわめて注意力散漫な読者にも本を投げ出さずおしまいまで〈読ませる〉だけの魅力もちゃんと仕掛けてある。それは〈愛〉だ。」(p.326 萩内勝之)

 では「豚の戦記」も「愛の物語」と読めるのか。この小説の中では,ブエノスアイレスの若者たちがあちこち老人を殺す。若者対老人の戦争は1週間続き,初老の主人公イシドーロ・ビダルと老人仲間は凄惨な殺戮から逃れて身を寄せ合う。そしてビダルは戦いの中で息子を殺されるのだが,彼は娘ほど年の離れた若い娘ネリダを愛する決心をするのだ。

 病院の医者はビダルにこう語る。「このたびの戦争を通して青年が深く痛切に認識したのは,老人すなわち自分たちの未来,ということです。おれたちもやがてこうなるというわけでしょう。さらに面白い事実があります。青年はきまったように,老人ひとりを殺すことは自分が自分を殺すことに相当すると思うようになっているのです。」(p.301)つまり,この物語は世代間の闘争を描くものではない。ビダルの老人たちへの共感と,青年たちに向けた受容の精神が共存する〈愛〉の物語ということなのかもしれない。

 「老い」を実感する日々にこの物語を読み通すのはなかなかエネルギーが必要だった。ビダルのこんな独白はあまりに手厳しい。「老人は未来が残されていないばっかりに人生の大切なことをことごとく避けて通ろうとするのだが,青年にそれがどこまで分かっているだろう。〈病は即ち病人ではない〉ビダルは考えた。〈が,老人とは老いそのものであり,死ぬ以外に出口はない〉。」(p.302)

  この後に続くフレーズに救われる読者は私だけではないだろう。「(略)ネリダの家へと足を速めた。悟りの境地が夢の記憶のごとく消え去らないうちに着くためだ。正確には,自分のような年寄りを愛するなど夢想にすぎない,と言ってネリダに諦めさせるためであり,それは彼女をあまりにも強く愛しているがゆえであった。」(p.302) 

2025-06-01

2025年5月,横浜みなとみらい,「おかえり,ヨコハマ」

  久しぶりに桜木町にでかけて横浜美術館リニューアルオープン記念展「おかえり,ヨコハマ」を見てきました。2月からの長い会期で気になってはいたものの,何となく機会を逃してしまい,最終日直前にチケットを頂いたのでピューンと行ってきました。

 あれだけ広大で力強い(?)建築なので,ぱっと見た感じは変化がわかりにくいけれど,とにかく明るくなったのと,館内の什器がソフトな色調に統一されたのがとても気持ちよくて居心地が良くなった気がします。美術図書室は1階に移動して明るくカジュアルに完全リニューアルしてます。

 「おかえり,ヨコハマ」展はコレクションを中心に,関連する館外蔵の作品も多くて楽しい。横尾忠則のY字路と金村修のモノクロ写真が並んでいたりして「横浜」をキーワードに「横浜美術館を楽しむ」展覧会という感じ。

 この伝五姓田芳柳「外国人男性和装像」は2000年の「幕末・明治の横浜」展で初めて見て,不思議なほどその魅力に惹かれた作品。再会できてうれしい。確か図録があったはずと帰宅して書棚から発見。そうそう,この装丁もかっこよかったんだよな,と思い出しました。ほんと,ここのところ展覧会は記憶を辿る旅になってます。


2025-05-19

2025年5月,仙台,仙台フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会

 連休明けにでかけた演奏会の記録を忘れないうちに。仙台フィルの定期演奏会に遠征。カバレフスキーの組曲「道化師」作品26,カプースチンのピアノ協奏曲第2番 作品14,ショスタコーヴィチの交響曲第15番 イ長調作品141というラインアップ。ソ連の音楽を堪能した夜でした。会場の日立システムズホール仙台コンサートホールは目の前が深い森でとても素敵。

 カプースチンのピアノは角野隼斗。というわけで仙台まで出かけたのでした。オーケストラの大編成で聴くカプースチンはご機嫌です。本人もノリノリで最高に楽しかった! カーテンコールの写真撮影はいつものようにOKでした。こんな近くで見たよ。もとい聴いたよ。

2025年5月,埼玉北浦和,「メキシコへのまなざし」

 連休明けに,「メキシコへのまなざし」展を見に埼玉県立近代美術館に出かけました。(会期は終了。)「戦後日本とメキシコの美術交流」という副タイトルで,「あの頃,みんなメキシコに憧れた」というコピー(?)がこの展覧会を象徴しています。

 出陳作家は福沢一郎,岡本太郎,利根山光人,芥川(間所)沙織,河原温の日本人作家と,埼玉近美のメキシココレクション。岡本太郎の写真が面白かったのと,利根山光人の数々の著作の展示を興味深く見る。「メキシコの美」はいつかどこかの古書市で求めたものが未読なので,近いうちに読んでみよう。フランシスコ・トレドの馬のモチーフにもとても惹かれました。

 ところでこの展覧会は3月からの長い会期で,序盤に木彫作家のイサイーアス・ヒメネスが来日して製作実演と映像上映があったのだとか! ヒメネスと言えば2023年の民博の「ラテンアメリカの民衆芸術」展で見たナワル像の人だ! 見たかったなあと思ったら,ショップに手頃な大きさの木彫が販売されていました(お値段は手頃ではなかった)。

2025-05-05

2025年5月,東京府中,「かっこいい油絵 司馬江漢と亜欧堂田善」

 気持ちのよい晴天の連休半ば,初めての府中市美術館へ「かっこいい油絵 司馬江漢と亜欧堂田善」展を見に行ってきました。府中駅に降りるのも初めて。コミュニティバスの乗り場は20人ほどの列になっていたのですが,バスが到着すると,老齢とまではいかない女性が一人,向こうからすーっとやってきて,最初に乗車してしまいました。列に気がつかなかったのだろうか,平然と着席してる女性をちらりと見やり,ああいう風には年を取りたくないなあと思いながら,もしかしたら私より年下かも。と何だか複雑な気持ち。

 気を取り直して,府中の森公園に隣接した美術館に到着すると早速2階の展示室へ。毎年開催される「春の江戸絵画まつり」という企画のシリーズです。江戸時代の「油絵」。そもそも絵具は荏胡麻などの油を使って,支持体は薄い絹本なので,「滑らかでさらりとして,明朗かつ落ち着きのある色」をしている,とチラシにあります。なるほど西洋風とも日本風とも言える不思議な雰囲気の絵画がずらりと並びます。

 そんな「洋風画」の代表的な2人の画家,司馬江漢と亜欧堂田善の画業の魅力を堪能。司馬江漢の風景画は水平線が魅力的です。そして一羽の鳥の向こうに地(水)平線が一本引かれると,それは「鳥図」ではなく「鳥のいる空間の図」になるのだという解説に思わず納得。「寒柳水禽図」,なんてかっこいい!

 亜欧堂田善は松平定信のもとで技術を極めたということで,おお,ここでも大河ドラマの背景がまた一つ奥へ深まった感じ。江戸絵画のマイブームは続きます。府中市美術館は建物もかっこいい。カフェもとてもよい感じでおいしくて,朝のバス停事件(?)もどこへやら,よい一日を過ごしました。

 ところで連休中はほかに五島美術館「春の優品展」と称名寺薪能「竹生島」「舟渡聟」を見たのですが,スマホが故障して写真がないのでここに忘備として記録しておきます。薪能は称名寺のライトアップが息を呑むほど美しい。シテは櫻間右陣さん。以前何度か右陣さんの舞台をご一緒してこの春亡くなった知人を想ってちょっとセンチな気分になる。

2025-04-25

2025年3月・4月,東京丸の内・東京成増,「歌舞伎を描く」・「エド・イン・ブラック」

 記録に残してなかった展覧会を2つ(どちらも会期終了してます)。静嘉堂@丸の内には初めて出かけました。岡本の静嘉堂に結構思い入れがあったので,丸の内に移転というのはちょっともやもやしていたもので。明治生命館のビルの中の展示スペースは素晴らしい雰囲気ですが,何だか動線が不思議。ロッカーに荷物を入れたあと,洗面所に行こうとしたら一度退場する必要あり。

 肝心の展覧会は「豊原国周生誕190年 歌舞伎を描く」展。今年も大河ドラマを楽しみに見てるので,解説は版元を確認しながら。蔦屋重三郎だけでなく,鱗形屋や西村屋とか思わずテンションが上がります。ちょうど観能したばかりの「景清」の團十郎絵も発見。「景清」は歌舞伎では歌舞伎十八番のうちの一つで,これは五世市川団十郎を三代歌川豊国が描いたもの(1860)。

  ああ,江戸は面白いなあというわけで,ちょうどお花見の頃にこれも初めての板橋区立美術館へ。評判の「エド・イン・ブラック」は会期終了間近で会場はたくさんの観客。江戸絵画の「黒」を堪能する内容がとても面白かった! 

 「夜」を描いたもの,黒を基調とする浮世絵版画,中国版画の影響を受けて絵や文字が白抜きの黒い背景の絵画などなど。どれも魅力的な作品ばかりでしたが,伊藤若冲の「玄圃瑤華」の黒と白が作る景色には釘付けに。金屏風を暗闇の展示室で見せる趣向も面白く,これは「陰翳礼賛」を体感させる狙いなのだそう。

 美術館の外には満開の桜が咲き誇り,まさに春爛漫。


2025年3月・4月 「景清」・「組踊と宗廟祭礼楽」

 体調がだいぶ恢復して,ちょくちょく出歩いています。ついつい記録は後回しになってしまってますが,忘れないようにちゃんと残しておこう。舞台関係は3月に国立能楽堂の定例公演で狂言「名取川」と能「景清」を拝見。久しぶりに萬斎さんの狂言を見たかったのです。やっぱり凄い迫力。息子の裕基くんが,「くん」なんて失礼と思えるほど立派な舞台を務めていて,感激しきり。こうやって受け継がれていくことの尊さに何だか涙が出そうでした。「景清」も親子の情に思わずホロリ。シテは本田光洋師,ワキは福王和幸師。

 4月は閉場している国立劇場の特別企画公演を文京シビックホールに見に行きました。演目は「組踊と宗廟祭礼楽」。「日韓宮中芸能の共演」という副タイトルの公演です。琉球舞踊と組踊をちゃんと見るのは初めて。「万歳敵討」は兄弟が親の仇を討つという,曽我兄弟ものに似たストーリーが興味深い。

 そして楽しみにしていた「宗廟祭礼楽」。詳しい事前講座も受講したので演奏曲の順序や内容は大体理解できましたが,何よりも2015年に宗廟を訪れたときに,いつか是非,大祭で舞踊や儀式を見てみたいと思ったのがこうして日本で見ることができたのが嬉しくてソワソワすることしきり。2016年のリウム美術館訪問時の映像も思い出します。演目は「保太平」11曲,「定大業」11曲など。詳しいプログラムも配布されてとにかく楽しかった! やっぱり,いつか是非現地で見てみたいと決心。4月から取り組んでいる(二度目なんですが)韓国語学習,頑張ります!