セルリアンタワー能楽堂に櫻間会例会「葵上」を見にでかけました。ほかに独吟「鞍馬天狗」,仕舞「善知鳥(うとう)」という番組。
題名は「葵上」ですが,正面に置かれた小袖が病に臥せる葵上を表現し,葵上本人は舞台に登場しません。ちなみに,この物語自体が「源氏物語」に忠実というわけではなく,六条御息所は生霊のはずですが最後は成仏得脱することになっているし,「照日の神子」(物の怪の口寄せをするシャーマン)のような独自の登場人物がいたりします。
と,予備知識を仕入れたところで静かに舞台が始まります。照日の神子に呼び寄せられた六条御息所は,葵上に「後妻打ち」(!)というおそろしい振る舞いをして連れ去ろうします。そこに横川の小聖が呼ばれて加持祈祷を行うと,六条御息所の怨霊が「般若」の面を着けて登場し,小聖と対決したのち,ついには二度と現れないことを誓って成仏する,という展開。
鬼女となった六条御息所からは,「うらみ」と,貴婦人としての「恥じらい」とのすさまじい葛藤が痛々しいほど伝わってきます。シテ櫻間右陣さんの動きはいつもながら気品があって,「怨念の美」を体現しているようです。
そしてこの葛藤のすさまじさをさらに視覚的に増幅させているのが「般若」の面なのでしょう。脇正面,橋掛かりのすぐ横に座っていたので,身もだえする御息所が橋掛かりから乗り出さんばかりに迫ってきたときは,思わず立ち上がって逃げ出したくなりました。
実は幼いころ,よく父に連れられて行ったデパートの工芸品売り場に般若の能面が飾ってあり,それが怖くて仕方ありませんでした。いつも半泣きになるものだから父がそれを面白がって,またしょっちゅう連れていく,という悪循環(虐待じゃないか…)。眼が怖い。口が怖い。金色の角まで生えてる!
ところで,般若は女性の怒りを表現するポピュラーな面なのかと思いきや,実際にこの面を使う演目は四つしかないのだそう。(ほかは「黒塚」「道明寺」「野宮」。)ということは,「般若もの」を見ることができたのは貴重な体験だったわけです。とはいえ,大人になっても怖いものは怖い。
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