2012-12-29

2012年12月,ミュンヘン(終),ミュンヘンサーファー,ヴィラ・シュトック

  旅の最後の一日。神様からの贈り物だろうか,と思うくらい気持ちのよい快晴です。最後に,世紀末の画家シュトゥック侯爵の住まいで,ユーゲントシュティール様式の内・外装が美しい美術館「ヴィラ・シュトック」に向かいます。街の中心部から少し距離がありますが,写真を撮りながらゆっくり歩いていくと,サーフィンに興じる人々!
 
 正真正銘,ミュンヘン市内のど真ん中です。ここは,芸術の家(Haus der Kunst)の少し先にある英国庭園の水路。引くとこんな具合。きちんと列を作って順番を待っている人たちがなんとなく面白い。
 初日の夜にバイエルン国立博物館に向かうときにも,雪の夜にかかわらず数人のサーファーがいました。その時はライトアップしていたし,この日はギャラリーもたくさんいて,ちょっとした観光名所みたいです。いやあ,びっくり仰天。 
 
 さて,ヴィラ・シュトック。こじんまりした建物ですが,館内はゆったりとした展示スペースです。入口の左側は企画展示,右側が邸宅をそのまま残している部分です。書斎の書棚のオスカー・ワイルドやラスキンが並ぶ一画。時代背景がわかります。当時の邸宅内部を撮影した写真を展示する部屋もあります。
 
 帰路はヴィラ・シュトックの最寄駅からオデオン広場まで2駅,地下鉄に乗ってみます。車両も駅もぴかぴかで,サインの一つ一つも大きさやデザイン,フォントにいたるまでかっこいい。
 
 最後のランチには名物の白ソーセージもいただいて,至福の時です。いよいよ出発まで数時間,クリスマスショッピングで賑わう街中で過ごします。書店でKarl Blossfeldtの写真集,素敵な店構えのCDショップでシフのベートーベン・ピアノソナタ集も買ってもう思い残すことはなし!クリスマス・デコレーションのライカ・ショップ。
 ロンドンもミュンヘンも最高に楽しい旅でした。いつの日か再訪できることを願いつつ,ほんとにお世話になったK子さん,お付き合いいただいたGさんご夫妻,コンサートでお会いできたすてきな皆さん,ほんとにありがとうございました。
 
 拙い旅行記にお付き合いいただいた皆さまもありがとうございます。旅行から戻ってここ数週間,写真を整理したり記憶をたどって文章を書くのはとても楽しい時間でした。今年1年の感謝を込めて,来る年が皆さまにとってよき年でありますように!

2012-12-27

2012年12月,ミュンヘン(3),ノイエ・ピナコテーク,ピナコテーク・モデルネ

 アルテ・ピナコテークを後にして,通りを挟んで向かい側のノイエ・ピナコテークに向かいます。アルテ(古い)・ピナコテークは15~18世紀のヨーロッパ絵画,ノイエ(新しい)・ピナコテークは19~20世紀初の作品を中心に展示しています。

 わかりやすい展示順路に沿って印象派やゴーギャンの名作を見て,最後の象徴主義やユーゲントシュティールの展示室ではクノップフやアンソール,クリムトなどを堪能します。クノップフ「私は私自身に対してドアを閉ざす」(1891)。しおれた百合の花。女性の前にあるのは棺桶だろうか。

 美術館を一周して,再びエントランスに戻ってくると,モダンなデザインのガラス越しにまぶしい陽がさしてきました。気分もあがって,次はピナコテーク・モデルネに向かいます。
 

 ピナコテーク・モデルネは20世紀から現代までのアートとデザインが,広い空間に展示されていて,とても気持ちのいい美術館です。シュテファン・ブラウンフェルス設計で2002年の開館。

 さすがに3館回って疲れてきたので,印象に残ったものを忘備録的に。2階の絵画部門のエミール・ノルデ。ジョン・ケージの特集展示の竜安寺のドローイングなど。地下の工業デザイン部門のタイプライター。車。

 さて,3つのピナコテークを見終えて街の中心部に戻り,友人と落ち合ってクリスマスマーケットに繰り出しました。まず名物の温かいワインで体を温めてから,一つ一つ屋台を眺めていくと,あっという間に夜は更けてゆきます。いよいよ翌日がこの旅の最後の日です。

2012-12-26

2012年12月,ミュンヘン(2),アルテ・ピナコテーク

  ミュンヘン2日目の朝,雪の予報でしたが曇り空です。アルテ・ピナコテークに徒歩で向かうことにします。ホテルのある街の中心部からは北西方向に15分くらい。途中,カール・リヒターと縁の深い聖マルコ教会の前を通ると,沈丁花のよい香り。

 さて,美術館に到着。巨大な建物の割には小さな正面扉のノブを開けて中に入ります。ノイエ・ピナコテーク,ピナコテーク・モデルネも何とか1日で回りたいので,当日有効の共通チケットを購入。インフォメーションはとても親切で,ドイツ語は話せないと言うととても丁寧な英語でチケットの使い方を説明してくれました。「一番大切なことは,今日一日このチケットを失くさないことです」は至言。

 1階でまずフリューゲル「怠け者の天国」などのフランドル絵画を楽しんで,2階の中世ドイツ絵画の展示室へ。ここでデューラーの「自画像」(1500年)を観るのが今回の旅の大きな目的の一つ。2011年3月放送のNHK日曜美術館「デューラーの聖と俗」のミュンヘンロケを見て,司会を務めていた姜尚中氏の「あなたは誰?私はここにいる」(集英社新書)を読んだのがきっかけです(かなりミーハーな動機)。

 この本では,留学先のミュンヘンで鬱々とした日々を送っていた若き日の著者に,デューラーの自画像が光を投げかけたその出会いが綴られています。いつか実物を見にいきたいなあという願いがかなって,その強烈な自我を表現する絵を前に思わず足がすくむ思い。ほんとに来てしまった!

 絵の前でいつまでも立ち去りがたい私の耳には「わたしはここにいる。おまえはどこに立っているのだ」(p14より引用)とは響いてきません。さすがに,人生を(とっくに)折り返して自分探しの旅でもないな。私はここに立っております,と胸をはって言える気もしないでもない。

 そんなことを考えてじいっと絵を見ていると,500年以上前に28歳だった画家その人から「わたしはここにいる。さあ,もう行きなさい」と言われている気がしてきました。そうだ,今日はまだまだ美術館を回るんだった。では,もう行くことにします。あなたはずっとここにいてください。

  若き日の青年にとっての運命の1枚はこうして,私にとってはまたいつかこの場所に会いに来よう,という指標のような1枚になりました。そして何とはなく心浮き立つ思いで,クラナーハやヒエロニムス・ボス,エル・グレコ,レオナルド…と,ヴィッテルスバッハ家歴代君主のめくるめく所蔵品を見に,展示室を後にしたのでした。

2012-12-24

番外編,メリー・クリスマス!

 寒い日が続きますが,皆さまのご健康をお祈りいたします。どうぞ楽しいクリスマスをお迎えください。

2012年12月,ミュンヘン(1),バイエルン国立博物館,リーメンシュナイダーの彫刻

  快晴のヒースロー空港からミュンヘンへ向かいます。ここからは友人が同行してくれるので,大船(大型機?)に乗った気分。ロンドンから2時間弱,あっという間に霙降りしきるミュンヘンに到着です。時差が1時間あるので,ホテルに着いたのは午後遅めの時間。まずはカフェ・クロイツカムで一息つきます。

 夕暮れとともに霙が雪に変わってきましたが,夜間開館しているバイエルン国立博物館にでかけることにしました。この広大な博物館はリーメンシュナイダーの彫刻のコレクションが有名です。 

 入口から右手,素朴な宗教美術の部屋を足早に通りぬけて,Room 16へ。雪のミュンヘンの夜,誰もいない展示室。リーメンシュナイダーの木彫群と向かい合います。

 「聖バーバラ像」と奥に見えるのが「聖マグダレーナ像」。信仰を持たない私にとっても,その聖人たちの静かな身振りには心を奪われる。ほとんどが無彩色ですが,彩色を施された「聖アフラの胸像」の優しい表情にも魅了されました。

 ほとんど予備知識もないままでしたが,この出会いに感謝しなければ。戻ってすぐに資料を調べ,300枚近くの図版と詳しい所在地リストの載った「リーメンシュナイダーとその工房」(イーリス・カルデン・ローゼンフェルト著;溝井高志訳,文理閣)を入手。2012年3月に翻訳が出版されたもの。このタイミングにも感謝しつつ,飽かず眺めています。

 さて,この博物館には鎧甲冑を展示した部屋もあり,ここは一人で展示室にいるとかなり怖い。今にもガシャリ,ガシャリと音がして動き出しそう。他の部屋よりも明るい照明が救いです。

2012-12-21

2012年11月,ロンドン(終),3つの博物館

 ロンドン最終日です。午前中は大英博物館を歩き回ることに。どれだけ時間があっても足りませんが,いくつもの心ひかれるものとの出会いにわくわくします。展示ケースの片隅のガラス製の香水瓶。紀元前6-5世紀,フェニキアの人々は色ガラスの生産に高い技術を持っていたそう。

 ウルのスタンダードなどもしっかり眼に焼き付けておくことに。今回,旅の前に読んだ「シュメル:人類最古の文明」(小林登志子著,中公新書)のおかげで楽しさが倍増です。
 
 次はヴィクトリア&アルバート博物館で開催中の写真展“Light from the Middle East”を見に行きます。約90点の作品の中には,この夏のアラブ・エクスプレス展(森美術館)で見た作品(作家)も複数あります。「マグネティズム」が印象深いAhmed Materアハマド・マーテルや,Jananne Al-Aniジャナーン・アル・アニの空撮映像など。

 六本木の高層階の明るい美術館で見るのとはかなり違う印象です。とりわけ現代の作家の作品と向き合うのは,観る側と観られる側の関係性を構築するということなのだ,とあらためて実感します。

 さて,今回のロンドン滞在の最後に訪れたのはV&A博物館に隣接する自然史博物館です。膨大な動物標本や植物標本はもちろんのこと,大人気という恐竜の展示も見て,ああ,楽しかった!
 
 博物館の前庭にはスケートリンクや回転木馬が設営されて,冬のヨーロッパの気分満点。しばし夢心地に浸ります。さて,ロンドンはこの日の夜で最後。旅の次の目的地はミュンヘンです。

2012-12-19

2012年11月,ロンドン(9),大英図書館,セシルコート,フォトグラファーズギャラリー

 雨が降り続きます。5日目の朝は地下鉄セント・パンクラス駅近くの大英図書館からスタート。開館を待っていたところ,突然サイレンが鳴りだして館内からスタッフが続々と外へ出てきました。入口付近のビジターにも「建物から離れて!」の指示が飛びます。手際よくスタッフ用とビジター用の点呼台のようなものも設置され,呆気にとられているうちにけたたましいサイレンとともに消防車が到着。まさかの出来事にびびりまくる。
 
  30分くらい経過して,無事が確認されたという放送を聞いて一安心して館内へ入ります。閲覧室に入るには登録が必要ですが,大英図書館所蔵の至宝の数々を見ることができる展示室には事前登録などは不要です。美しい写本や,マグナカルタの原本,レオナルドの手稿,ブラウニングやオースチンの原稿などに興奮。音楽のコーナーにはベートーベンやハイドンなどのオリジナル楽譜や,ビートルズの直筆歌詞原稿なども。

 あっという間に時間が過ぎていき,次はCecil Courtセシルコートの古書街を目指します。19世紀の街並みが保存されている地区で,古書街といっても店舗の数は多くありません。Peter EllisやMarchpane など有名な店をいくつか覗いてみました。
 
 セシルコートからナショナル・ギャラリーはすぐ近く。さっとピンポイントでカラバッジオ,レオナルド,フェルメールなどを見て(なんと贅沢な!),次はオックスフォード・サーカス駅近くのフォトグラファーズ・ギャラリーに向かいます。

 2つの企画展が開催中。そのうちの一つ,Shoot! Existential Photographyのショッキングな映像に食らいつくには,強靭な精神力と体力が必要のようです。このとき,すでに両方とも使い果たしていた私は,逃げ込むように地下階のBookshopに。森山大道のコーナーがあったり,面出しのコーナーには尾仲浩二や金村修があったりと,日本人フォトグラファーの活躍に思わず喝采。

 さて,この日の夜はRoyal Opera Houseにロイヤル・バレエの小品集を観にでかけたのだけど,3つの演目のうち最初のConcertoが終わった時点で力尽き,残りの2つは夢の中。残念至極です。なので,写真は控えめに。

2012-12-17

2012年11月,ロンドン(8),バービカン・センター

  大きな展覧会を2つ観たあと,ホテルに戻って一休みしてから出かけたのがバービカン・センター。地下鉄Barbican駅の目の前にあるのですが,入口が少々わかりにくい。
 
  ここはいわば複合文化センター。ホールや劇場と,4つのギャラリーがあります。Barbican Art Galleryでは“everything was moving:photography from the 60s and 70s”という写真展が開催中です。直訳すれば「何もかもが動いていた」というタイトルの意味は?12人の写真家の60・70年代の写真が展示されています。

 予想以上に広い会場に,ブルース・デビッドソン,ウィリアム・エグルストン,ボリス・ミハイロフ,ラグビール・シンなどがピックアップされています。東松照明も。激化する冷戦を背景にそれまでの価値観が大きく「動いていた」時代にあって,社会を見つめる写真家の眼と表現がどのように「動いていた」のかを実証しようという,開催者の意図が明確に伝わってきます。
 
 これは東松照明の展示のコーナー。これくらいの空間のサイズだと,写真とも会場とも親密な距離感で向かいあうことができます。テート・モダンを観たあとなので,わりと切実な感覚。

 写真展を観たあとは,Barbican HallでCity of London Choirの“For the fallen:The  Spirit of England”を聴くことに。曲目はウォルトンのHenry V SuiteやエルガーのThe Spirit of Englandなどイギリスらしいラインアップの5曲。オーケストラはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)です。初めて聴く楽曲ばかり,すばらしい演奏とシックな佇まいのホールにしばし酔いしれる。
 
 ショップでロンドン交響楽団(LSO)のブラームス交響曲第2番のCDを購入。ロンドンはオーケストラが5つあるということで,かなり混乱してしまう。ちなみにロンドン・フィルハーモニー管弦楽団はLPO。友人の友人の旦那様がChoirのメンバーで,終演後にはバーでの楽しい一時にもおじゃまさせてもらいました。

2012-12-15

2012年11月,ロンドン(7),「ウィリアム・クライン+森山大道」展

 ミレニアム・ブリッジの下をくぐって桟橋Bankside Pierに着くと,目の前にはシェークスピア・グローブ劇場があります。ミュージアムも併設されていますが,まっすぐテート・モダンへ向かいます。ウィリアム・クラインと森山大道の写真展William Klein + Daido Moriyamaが開催中です。巨大な建物にシンプルなサインがかっこいい。
 

 とにかくスケールの大きい写真展。天井高も高く,広い空間に展示されている写真の数も膨大ですが,引き伸ばされた巨大なプリントの迫力にも圧倒されます。

 ウィリアム・クラインの撮ったニューヨークや東京のスナップは,クラインのニューヨークや東京であって,森山大道の東京のスナップはやはり森山大道の東京なのだ,という自明のはずのことが,がつんと突きつけられてくると言えばよいのか,観ている私は写真にねじ伏せられて足がすくんでしまう。

 クラインは映像作品や,有名な少年たちの写真をはじめとしたアートワークの展示もあり,森山大道はポラロイドや,アイコン的な犬の写真のバリエーション,Provokeの展示などもあり,二人の写真家の魅力を存分に伝える写真展です。

 朝から歩き回った疲労感と,旅の緊張感もあって(しかもランチにマッシュポテトをたっぷりいただいたあとで),官能的だったり破壊的だったりする被写体には,あまり入り込めなかったのも事実なのですが,写真という「もう一つの世界」を堪能した午後でした。

 美術館をあとにして,ミレニアム・ブリッジを渡って地下鉄St. Paul's駅へ向かうことにします。橋の上を歩きながら,ドラマチックな写真を撮りたくなったのだけど,疲労の極み。愛用のカメラの「ドラマチックシーン」モードにお任せして撮った1枚。

2012-12-14

2012年11月,ロンドン(6),ラファエル前派展,Tate to Tate

 一夜明けてロンドン4日目は朝から雨模様です。この日は展覧会三昧の予定。まずはテート・ブリテンの「ラファエル前派:ヴィクトリアン・アヴァンギャルド」展にでかけることにしました。地下鉄ピムリコ駅からテムズ河の方向に少し歩くと美術館の建物が見えてきます。

 ちょうど改装工事中で,正面の入り口だったところが塞がれて,建物の側面に沿って新しく作られたゆるやかなスロープに沿って地下階にあたる部分から建物の中に入るようになっていました。これは一時的なものなのか,工事が終わったら正面入り口がメインエントランスに戻るのかもしれませんが,スロープと道路側の仕切り部分がガラスで,いい雰囲気のアプローチになっていました。

 さて,ラファエル前派展。「起源と宣言」,「歴史」,「自然」,「Salvation(救世)」,「美」,「楽園」,「神話」の七つのテーマ別に,絵画だけでなく彫刻やステンドグラス,家具などが展示されていて,ラファエル前派の全容をたどることができます。

 ジョン・エバレット・ミレイの「オフィーリア」に再会できて,心浮き立つ思い。オフィーリアが川面に浮かぶその画面からは,その自然描写が鮮やかで繊細である分,悲劇の残酷な美しさが浮かびあがってくるようです。「自然」の章に展示されています。

 最終章の「神話」のコーナーではバーン=ジョーンズの作品が多数紹介されています。今夏の「バーン=ジョーンズ展」(三菱一号館美術館)で見た作品も多いのですが,一つの運動の枠組みの中で,その思想的な意味や歴史的な位置付けを考えながら見ると,また理解が深まっ(たような気がし)て,魅力倍増です。

  ダンテ・ガブリエル・ロセッティやウィリアム・ホルマン・ハントらの数々の名作の他にも,名前も知らなかった作家の作品も数多く,熱心に展示に見入る観客のあふれる会場は熱気に包まれていました。

 ところで,テート所蔵のウォーターハウス「シャロットの姫」も楽しみにしていたのですが,見当たりません。調べてみると,Birmingham Museum and Artで開催中のLove and Death: Victorian Paintings from Tate展に貸し出し中とのこと。ウォーターハウスはラファエル前派に影響を受けた作家であって,ラファエル前派の作家とはひとくくりにできない,ということなのかもしれません。買ってきた画集や資料をよく読んでみることにします。

 さて,あっという間に時間がたって,次はテート・モダンの「ウィリアム・クライン+森山大道」展に向かうことにします。テート・ブリテンとテート・モダンの間は,テムズ川を行き交うボートで結ばれています。その名もTate to Tate。雨模様が残念ですが,かなりわくわくしながらボートに乗り込んで,20分くらいでテート・モダンに到着です。

2012-12-11

2012年11月,ロンドン(5),アレクサンドラパレス・アンティークフェア

 ウッドグリーン駅前のロータリーからバスに乗ってAlexandra Palaceへ向かいます。丘をどんどん登っていくと,スケートリンクなどもある公園が広がり,やがてPalm Court Entrance前のバス停に到着。まぶしいくらいの朝の陽ざしが気持ちいい。丘の上からはロンドン市街が一望できます。
 
 このAntiques, Collectors, 20th Century & Art Deco Fairは,ロンドンでも規模の大きいアンティークフェアということで,年4回開催されているそうです。入場料が6ポンドかかります。出店数は開催者と会場のHPで数字が異なるのではっきりしませんが,200以上はあったのではないかな,という感じ。

 一般客の入場は9時30分から。9時10分くらいには,すでに入口の前は長蛇の列です。日本人観光客らしき姿もちらほら。負けるもんか,という気がしてくるのが,我ながらわけがわからない。

 ジョージアンのワイングラスや陶製の箱,MIDWINTERのプレートなどなど,素敵なものをいくつか手に入れました。こんなチェスのセットも。古いものではありませんが(たぶん1970年代とのこと),なんとも素朴でよい感じ。

 ディーラーさんとのやり取りに四苦八苦しながら,あっという間に時間が過ぎ,会場を出たのは2時過ぎで,少し曇り空になってきました。エントランス脇の植え込み。トラノオみたい(たぶん,ちがう)。

 ホテルに荷物を置いて,Maryleboneに向かい,前日と同じスポーツバーで友人と落ち合う。メリルボーン駅には地下鉄駅だけでなく鉄道の駅もあります。バーミンガムなどへ向かう鉄道がここから出ているのだそう。駅舎もプラットホームもモダンでとてもきれいです。

 この日はChelsea対Manchester City戦を観戦。白熱したゲームだったのだけど,またもスコアレスドローでした。得点シーンを1度も見ることができなかったのはちょっと残念。このあと知人ご夫妻も合流して住宅街のグルジア料理のレストランへ。グルジアワインなどいただきながら,この日の現実逃避度はもはや針が振り切れる状態なのでした。

2012-12-10

2012年11月,ロンドン(4),小説の舞台,ホテルラッセル

 ロンドン3日目,日曜日の朝は快晴。この日はロンドン中心部から少し離れたAlexandra Palaceのアンティークフェアに出かけます。最寄駅のWood Green 駅にはRussel Square駅から地下鉄ピカデリーラインで一本で行けます。

 少し早めにホテルを出て,ホテル・ラッセルThe Hotel Russelの前を通って地下鉄駅へ向かう。このホテルは,マリオ・バルガス=リョサの小説「悪い娘の悪戯」で,1960年代後半から1970年代にかけて,ロンドンで大富豪夫人となっていたニーニャ・マラと主人公リカルドが密会を重ねる舞台です。

 さすがは老舗という風格です。リカルドは当時のヒッピーの街アールズコートからここラッセルスクエアまで足しげく通うわけですが,ニーニャ・マラはなぜこのホテルを指定したのだろう。

 ロンドン大学や大英博物館に近いこの静かな街は奔放なニーニャ・マラのイメージと重ならない。ロンドンでの自分のアイデンティティをリカルドに誇示するために,わざわざこのホテルを選んだのか,と思えてきます。

 しばしカメラを手に虚構の世界に思いをめぐらしていると,ホテルから出てきた男性がリカルドのようにも,作家のリョサのようにも見えてしまう。自分がロンドンにいること自体が虚構のできごとに近い(!)ので,なんだか頭がこんがらがってきました。もうカメラをしまって駅へ向かうことにしよう。

2012-12-09

2012年11月,ロンドン(3),ヴィクトリア&アルバート博物館

 ノッティングヒルゲート駅からヴィクトリア&アルバート博物館の最寄駅サウスケンジントンは地下鉄で3駅。ところが週末の集中工事で路線が完全にストップしていました。バス乗り場を教えてもらってバスで向かうことに。旅先でバスや地下鉄を利用すると,旅人気分から少しだけ住人気分に近づいた気がして,何となく,へへっと口元が緩む。怪しい日本人ではある。
  
 ヴィクトリア&アルバート博物館は混雑の気配を避けて48a室のラファエル・ルームでしばしベンチに腰かけ,システィーナ礼拝堂で特別な時に架けられるタペストリーの下絵に囲まれて一息つくことに。この部屋に展示されているRetable of St. Georgeに外光がさす様子に思わず心を奪われる。

 長い行列ができている特別展Hollywood CostumeとBallgowns: British Glamour Since 1950はパスして中東やアジアの展示室に向かいます。ここのイスラム美術の部屋は大英博物館のそれともまた違うドラマチックな展示です。

 日本の展示室にはロリータやゴシックファッションをまとったマネキンも展示されていて,現地のアート系の学生さんなのか,何人もの若い人が熱心にスケッチをしていました。いったい,何が本家で何がcoolなのか,よくわからない。

 Bookshopの陶芸コーナーでMIDWINTERの本を見つけて思わず購入。1960年代にはテレンス・コンランもここの陶器のデザインをしていたらしい。さて,どんどん増える荷物を抱えて,ロンドン在住の友人との待ち合わせ場所のナイツブリッジに向かうことにします。

 Harvey NicholsとHarrodsでショッピングをして,アフタヌーンティーを楽しんだあとはMaryleboneのスポーツバーでサッカー観戦。Arsenal対Aston Villaの結果はスコアレスドローでしたが,この一日は現実逃避度もはや120%!冷たい雨が夜も降り続き,ハロッズのクリスマス・イルミネーションは後日撮り直したもの。

2012-12-07

2012年11月,ロンドン(2),ポートベロー

 ロンドン2日目は早起きして,ポートベローPortobelloのアンティークマーケットへ。今回の旅ではAlexandra Palaceのアンティークフェアを訪れることにしていたので,ポートベローはざっと眺めるだけにするつもりででかけました。

 最寄のノッティングヒルゲイトの駅に着くと冷たい雨が降り始めましたが,9時を過ぎるころにはもう通りは観光客でいっぱい(自分もその一人)。傘をさしていくつか露店をのぞいていくと,それでも楽しくて仕方ありません。こんなミニチュアをぎっしり並べた露台もあって,並べるだけでも大変そう。
 

 お目当てはAdmiral Vernonという小さな店が集まったモール。ここには前回2010年にはじめて来たときにMIDWINTERのカップ&ソーサーを購入した,すてきな陶磁器を扱う店があります。たしか1階の奥の方だったな,と建物の奥に進むと,見覚えのある店構えと老主人が目に飛び込んできました。

 ゆっくり店内をながめて,今回もMIDWINTERのやさしい花柄のカップ&ソーサーを購入することにしました。1960年代初のものだそう。

 老主人に,MIDWINTERが好みなのかと聞かれ,あなたの店で2年前に初めて買ったのです,また日本から来て気に入ったものに出会えてとてもうれしい,と伝えるとほんとに嬉しそうな笑顔で応えてくれました。今度ロンドンに来れるのはいつだろう,そのときはまたこの店に必ず立ち寄ろう。

 さて,冷たい雨が降り続く中,カップの包みを大切に抱えてノッティングヒルゲート駅に戻り,次はVictoria & Albert Museumを目指すことにします。

2012-12-06

2012年11月,ロンドン(1),大英博物館第34室, 第25室

 成田を出発して約12時間,午後遅めの時間にロンドン・ヒースロー空港に到着しました。晴れ間ものぞく曇り空。入国審査の列に1時間強並んで,ようやく空港から市内へ。大英博物館のすぐ近くのホテルにチェックインすると,荷をほどくのももどかしく,早速外へ飛び出します。時刻は6時近く,すっかり夕闇に包まれています。
 
 徒歩3分くらいで大英博物館Montague Place entranceに到着,正面入口の反対側のひっそりとした入口です。入ってすぐ左の第34室を目指します。ここはイスラム美術の数々がずらりと並んでいる部屋で,たとえば14世紀マムルーク朝のエナメル彩ガラスも一度にこんなにたくさん見ることができます。至福の時間。

 この部屋の存在を教えてくれたのは,「パレオマニア 大英博物館からの13の旅」(池澤夏樹著,集英社)という一冊。この本では,一人の男が大英博物館の好きな一品を選んで,それをよく見て,それからその品が作られた土地へ行ってみるという「現代社会という特急列車から降りて,各駅停車に乗り換える」旅をします。その本のイラン篇(其の1)「ホメイニが消し忘れた女」(タイトルだけでもわくわく!)に登場する鉢が展示してあるのがこの第34室。

 ほかのどの部屋ともつながっていないこの部屋は,それでも足を踏み入れるとかなりの広さがあります。ゆっくり見ているとあっという間に閉館時間(金曜日は夜間開館で8時まで)になってしまいそう。次は地下階の第25室に向かうことに。

 第25室はアフリカ美術を展示するThe Sainsbury Galleries。探したいものがあったので工芸のコーナーを一つ一つ見ていくと,お目当てものを発見。ミラン・クンデラの「冗談」の表紙カバー写真のLozi族の木彫の楽器に似た蓋付きの食器です。Lozi族のものはこれだけで,楽器はなかったのですが,やはりつがいの鳥があしらわれていて写真のものとよく似た雰囲気に大満足。


 長旅のせいか,頭がぼんやりしてきたのでこの辺でホテルに戻ることに。せっかく空いているので,Ground Floorのアッシリア宮殿の浮彫彫刻の部屋を足早に通り抜けて再びMontague Place entranceをくぐって大英博物館をあとにしました。

2012-11-21

番外編・お知らせ

 8月から始めたブログが思いがけず,日々見てくださる方が増えて感謝しています。ありがとうございます。


 来月初にかけて,休暇をいただいて旅に出ることにしました。晩秋のロンドンとクリスマス市が始まるミュンヘンに行ってきます。

 ロンドンではウィリアム・クラインと森山大道の写真展やラファエル前派展,北方ルネサンス展など楽しみが目白押しです。もちろん大英博物館も。アンティークフェアも1箇所予定しています。ミュンヘンではアルテピナコテークでデューラーを見るのが楽しみ。

 しばらく更新をお休みしますが,戻りましたら旅行記としてアップする予定です。懲りずに遊びにいらしてください。では,行ってまいります!

2012-11-19

2012年11月,東京恵比寿,操上和美写真展「時のポートレイト」

 東京都写真美術館で操上和美の写真展「時のポートレイト」を見てきました。「ノスタルジックな存在になりかけた時間。」という副タイトルがついています。スタイリッシュでかっこいい広告写真で有名な写真家です。先月の首藤康之ダンス公演の映像作品「The Afternoon of a Faun」の映像監督もこの人。

 今回の展覧会はコマーシャルフォトの展示ではなく,1970年代から撮りためたシリーズ写真の〈陽と骨〉,〈NORTHERN〉が2階の展示室の広いフロアを一つの空間として使って展示されています。

 〈陽と骨〉の最初の方のモノクロ作品はトイカメラで撮影したものを大きく引き伸ばしたということで,粒子が荒くコントラストが強い写真。魅力的だけれど,風化したように見える写真はどれも「スタイリッシュ」で「かっこいい」写真に見えてしまう。

 対照的に〈NORTHERN〉は,自らのルーツの北海道を見つめる写真家の眼に圧倒される写真が多く,父を看取った病室とその横に並んだ港の写真,そして近影の「冬の庭」などからはこれらの写真を撮らずにはいられない写真家の想いが伝わってくるようです。

 その〈NORTHERN〉の最初の方に,外国人のおじさんが列車の窓に手をかざしている写真があって,なんとなく見たことある人だなあ,と思って出品リストを読むと,ロバート・フランクだった!1994年の来日時に操上和美が富良野を案内したということ。そうとわかると,手をかざしたのは何をしようとしたのだろうとか,この時列車の窓から撮影した写真があるのだろうか,とか興味はあらぬ方向へ。

 1995年2月に横浜美術館で開催されたロバート・フランク回顧展Moving Outの展覧会図録を探して年譜を見てみると,「1994年4月,北海道に旅行」とあって,この短い1行の記述と美術館で見た1枚の写真とが頭の中で交錯する。そして,敬愛する年上の写真家の横顔を,手を,魂を,フィルムに収めようとした操上和美の衝動みたいなものに心が熱くなる。

2012-11-18

古いもの,中国のもの,鼻煙壷

 中国の美しいものの展覧会を見たので,手元に集まった鼻煙壷のことを少し。鼻煙壷(びえんこ)は嗅ぎ煙草を入れておく小さな入れ物で,素材は金属や玉,陶器,象牙,ガラスなど様々。ガラス製のものはヨーロッパからの技術が入ってきた清朝以降に作られたそう。大阪の東洋陶磁美術館には沖正一郎コレクションというあらゆる素材の精緻で美しい鼻煙壷ばかりのコレクションがあります。


 はじめて骨董市で手頃なものを見つけて以来,旅先などで求めるようになりました。手前の乳白色のガラスに緑色の鳥の文様が浮彫になっているのは台北の骨董店の店先で見かけたもの。ガイドブックには骨董に見せかけた巧妙なコピー品がたくさん出回っているので注意すべし,とありましたが,それはそれで旅の思い出に。

 いくつか気に入ったものを窓辺に並べて,気軽に一ページずつ読める「選りぬき一日一書」(石川九楊,新潮文庫)などを開けば,気分はすっかりシノワズリです。

2012-11-15

2012年11月,東京上野,「中国 王朝の至宝」展

 東京国立博物館で開催中の「中国 王朝の至宝」展に行ってきました(12月24日まで)。中国の歴代王朝を,ほぼ同時代の王朝を対決させるという手法で紹介する展覧会。たとえば「第一章 王朝の曙 蜀vs夏・殷」,「第三章 初めての統一王朝 秦vs漢」といった具合で「第六章 近世の胎動 遼vs宋」までを中国各都市の博物館から借り出した資料で展観することができます。

 実はこの9月,楽しみにしていたユンディ・リのピアノコンサートが中止になってしまい,この展覧会も無事に開催されるかちょっと心配だったのですが,杞憂でよかった。きっと双方のたくさんの関係者の方々の大変な苦労があっての開催なのでしょう。
 
 国宝級(中国では「一級文物」と言うそう)がずらりと並んでいて圧倒されますが,やはり第3章に展示されている兵馬俑はいつどこの展覧会で見ても魅力的。今回は「跪射俑」と「跪俑」が1体ずつ展示されています。360度眺めることができるので,後ろに回って髪型とか足の裏とかじっくり見てみる。

 これらの像は,もともとはすべて彩色されていたというから,色鮮やかな俑がずらりと並んでいる様子を想像するだけでも見ていて飽きない。2体を前にしてこうなのだから,秦始皇帝陵博物院を訪れることができたらどんなに楽しいだろう。ぜひいつか訪れたい博物館の一つです。

(遼の文物の展示の様子。写真は特別開館時に主催者の許可を得て撮影しました。)
 
 今回,心ひかれたものの一つが遼の時代のもの。澄んだ緑色が美しいガラスの四脚盤はイスラムのガラス。遼は契丹族の国です。解説文には「イスラームガラスは当時東アジアで人気を博していた。契丹は西方地域とさかんな交易活動を行っており,この盤もウイグル商人によってもたらされた可能性がある」とあり,一気に頭の中の地図が西に広がりました。

 どんなルートで何を取引していたのだろう,とかこれほど保存状態のよいイスラムガラスが他にも中国でたくさん出土しているのだろうか,とか知りたいことが次々に思い浮かびます。それはさておき,この緑色のガラスはどんな人が大切にしていたものなのか,この美しさを何に喩えればいいのだろう。

 ところで始皇帝の壮大な狂気についてコンパクトに学んだのが「酒池肉林」(井波律子著,講談社現代新書 1993)。インパクトのあるタイトルですが,「贅沢三昧」をキーワードに中国三千年を縦横無尽に駆け抜けて,その精神世界を読む楽しみを与えてくれる本です。