2022-01-30

読んだ本,「雲を紡ぐ」(伊吹有喜)

 
 「雲を紡ぐ」(伊吹有喜,文藝春秋 2020)を読了。昨秋に盛岡に旅行したとき中村工房のホームスパンの襟巻を1枚求めたのがきっかけ。おや,こんな小説があるんだ,と思って読んでみた。

 悩みを抱えてひきこもる女子高生の美緒が,一度も訪れたことのない盛岡へ家出をする。そこにはホームスパン職人の祖父や縁戚がいて,やがて彼女は職人として生きていくことを決意する、というのが大筋。絡んでくる登場人物の誰に感情移入すればよいのか,まごまごしているうちにみながハッピーになっていく。

 盛岡の喫茶店めぐりをしたいな,とか前回行かなかった鉈屋町で織物体験をしてみたいな,とか能天気な考えばかり浮かんでくる。「癒される」とはこういうことなんだろう。こうやって読者がハッピーになる小説を書ける人はさぞ幸せだろうな,とへそ曲がりな読者は斜めの笑顔を作る。印象に残ったのは中津川で鮭の遡上を眺める場面。

 「透明な水の中で,30センチほどの鮭が寄り添うようにして二匹いた。上流に向けた頭は静止しているが,尾だけがゆらゆらと左右に揺れている。/再びポケットからピンク色の羊を出し,写真を撮ろうとして手を止めた。/川岸近くの流れのよどみに鮭が一匹,腹を上に向けて浮いている。/こちらは死骸だ。」(p.255)

2022-01-14

読んだ本,「gen 掛川源一郎が見た戦後北海道」

 東京都写真美術館の「日本の新進作家 vol.18」展の池田宏のアイヌ写真の展示に触発されて,掛川源一郎の写真集を見る/読む。壁面に写真が展示され,部屋中央にアイヌ関連の書籍が置かれていた。「gen 掛川源一郎が見た戦後北海道」(北海道新聞社 2004)はその中の1冊。目にした瞬間,あっと声をあげそうになった。札幌で初めて知った写真家の写真集だ。

 掛川源一郎。2020年に北海道立文学館のショップで見かけたモノクロのポストカードに感激した記憶が蘇る。この写真集には,カードになっているアイヌ写真やスケートリンクのイメージなども所収されている。

 この写真集を見ていると,北海道の風景や人を切り取った1枚に,その風景や人がそこに成立している必然性が感じられてくる。それは「歴史」と言い表すことができる強く優しいものではないだろうか。
 
 アイヌの儀式の写真にこんな言葉が添えられている。「アイヌ民族の伝統儀式を撮らせてくれと私が頼むと,エカシはいつも快く引き受けてくれた。あるときは,こんなハガキをもらった。『一切OK。先生が来るなら夜中でも元旦でもよい。風邪引かぬようにして来てくれ。夜具もいっぱいかけて寝せる。御神酒も用意しておく』」(p.29)

  美しい手仕事が好きだからアイヌに興味があるなんて,そんな軽薄な思いの自分が恥ずかしくなる。背筋を伸ばして頁を繰る。1枚1枚をじっと見る。

2022-01-10

2022年1月,東京渋谷,「AINU PURI アイヌプリ」展

  虎ノ門から渋谷へまわって,國學院大學博物館の「AINU PURI」展を楽しみました。アイヌの習俗や手仕事の展示と合わせて國學院大學図書館所蔵の関連資料の展示も多く,小規模ながらも充実の展覧会。

 固有の文字を持たなかった民族の記録を残すために取り組んだ人たちの努力や苦労が偲ばれる記述に胸が打たれます。いろいろ読んでみようとアイヌ関係の書籍が数冊,手元にそろいました。またウポポイにも行きたいし,釧路のアイヌコタンにも行ってみたい。

 

2022年1月,東京虎ノ門,「篁牛人展」

 
  大倉集古館で開催中の「篁牛人展」の評判がよいので,でかけてきました。会期終了間際のためでしょう,たくさんの来館者にびっくり。

 今までその名前も画業もあまり知られていなかったぶん,新鮮な輝きを放って見る人の心に迫る,ということなのかと。実は私は富山の篁牛人記念美術館に行ったことがあるので(ドヤ顔),おお,あの篁牛人がこれほど全国区で話題になるとは,という驚きを持って足を運んだのでした。

 「昭和水墨画壇の鬼才」というキャッチフレーズ通り,孤独と酒を愛した人生がクローズアップされていて,展覧会をドラマチックに盛り上げています。「渇筆」技法による画面の質感ももちろんのこと,形の捉え方が独特で他の誰とも似ていない水墨画は迫力満点。

 数点の個人蔵の作品を除くとほぼすべてが富山から来ていました。富山おそるべしだな,とそんなところに感心。まだまだ正月気分なので,「竹林虎」は縁起がいいな,でもよく見るとネコみたいだな,とそんなところに注目。

2022-01-04

2022年1月,東京恵比寿,「松江泰治 マキエタCC」展

 新しい年を健康に迎えることができました。今年もよろしくお願いいたします。

 新年最初のお出かけは恵比寿の東京都写真美術館へ。毎年恒例の無料開館も予約制で人数を絞っているので,快適。全フロアの展示をゆっくり楽しませてもらいました。

 2Fの「松江泰治 マキエタCC」では不思議な体験を。実際の風景を撮った写真とマキエタ(ポーランド語で「模型」の意味だという)を撮影した写真が混在しているのですが,「見ればわかる」という思い込みがだんだん怪しくなってくるのです。

 「これは実景,これは模型」という基準で見始めた写真たちがやがて,「これはどっちだろう」という思考へ観客を誘導します。それはつまり,現実と虚構のあいまいな境界線上を行ったり来たりする感覚に他ならないのでは。そしてそれこそ「写真を見る」行為の本質的なものではないか,とそんなことを考えながら展示室の中をウロウロ。

 極め付けは最後の《TYO》の4点だった気がします。気が付いたら随分と長い時間,じっとその「写真」を見ていました。これは札幌。

 3Fでは「日本の新進作家vol. 18 記憶は地に沁み,風を越え」展を。池田宏のアイヌ写真。展示室の中央に並べられていた関連図書に釘付けになりました。それらについてはまた稿を改めます。