2023-12-31

2023年12月,東京松涛,「『前衛』写真の精神 なんでもないものの変容」展

 年末の一日,松涛美術館にて「『前衛』写真の精神 なんでもないものの変容」展を見てきました。瀧口修造,阿部展也,大辻清司,牛腸茂雄の4人の展覧会。今年の春に千葉市美術館で開催されていて,見に行く機会を逃してしまっていたので巡回はとてもうれしい。

 そして松涛美術館の展示空間にとてもよく合っている展覧会だったと思います。第1章「1930-40年代 瀧口修造と阿部展也 前衛写真の台頭と衰退」,第2章「1950-70年代 大辻清司 前衛写真の復活と転調」,第3章「1960-80年代 牛腸茂雄 前衛写真のゆくえ」という構成。

 前衛写真の展開が時系列に並んでいて,今までにも何度も見たことのあるイメージでも,その意味がとてもわかりやすいのです。特に牛腸茂雄のSELF AND OTHERSはここへ至る写真家の精神に圧倒されます。

 瀧口修造自身の撮影した写真の展示は数は多くはありませんが,以前足利市美術館で見た「イタリア紀行」の一部の展示やスライド映写があり,やはりその写真は「詩」そのものだと再確認したのでした。

 そしてもう1つ気になったのが大辻清司の関連資料として展示されていた「アサヒカメラ」1969年4月号の記事です。おお,対談メンバーの中に中平卓馬の名前が。じっくり読みたかったので,近いうちに所蔵館を探してでかけよう。2024年2月には東京国立近代美術館で中平卓馬展が開催される! こういうのが「生き続ける」糧になるんだな,とそんなことを思ってしまう年の瀬なのでした。 どうぞよいお年を。

2023-12-26

今年のベスト本2冊,「中国の死神」(大谷亨)・「それは誠」(乗代雄介)

 2023年もあと少し。今年は人生で大きな区切りの年,のはずだったけれどもそれほど劇的な変化がないままに年の瀬を迎えてしまった。ストレスの要因だった満員の通勤電車に乗らなくてよくなったことはとてもうれしい。その分,時間がたっぷりできたはずなのにだらだらと過ごしてしまい,来る年は時間の使い方を見直さないと。

 読書は実り多き一年。ノンフィクションでは最近読んだ「中国の死神」(大谷亨著 青弓社 2023)が何と言っても面白かった。中国の死神(寿命が尽きようとする者の魂を捉えにくる冥界からの使者=匂魂使者)である「無常」について,2年半のフィールドワークでその姿に迫り,妖怪から神へと上り詰めるプロセスが詳説される。

 詳説とはいえ,博論をリライトしたという文章は軽快で面白く,頁を繰る手が止まらない内容だった。章が進むに連れて無常の歴史的・空間的な特徴が分化・収斂して明らかになっていくのが見事で,なるほど民俗学の方法論とはこういうものなのか,と素人に教えてくれているようだ。中国版ヌリカベ=「摸壁鬼」という妖怪の存在(?)について知ることができたのも大きな喜び! 参考文献のページには読んでみたい本が綺羅星のごとく並ぶ。

 フィクションでは海外・国内を含めて「それは誠」(乗代雄介)がとても面白く,最近ある文学賞を受賞したというニュースを見て,読み返した。これで都合3回目(!)。何度読んでも同じ場所で心が震える。リンクを貼ろうとしてあれっと驚く。この小説の忘備録をここに残していなかった! 読書する時間も忘備録を書く時間も来年からはちゃんと自己管理しなくては。

 吃音の友人の松が自分のことを「やさしい」と話していたことを知った誠はこう書く。「松にしてやれることなんて何もない。何もないけど,僕がどこまでも孤独であろうとするなら,回り回って松のためになるかも知れない。『僕も孤独だ』って言うのか『僕は孤独だ』って言うのか,はたまた押し黙っているだけなのか,そんなことはわからないけど,とにかく僕はこの世界のために孤独なんだ。そう信じることで何かし続けるなら,僕は世界を,世界は僕を,共に支えることができるだろう。それをやさしいと勘違いするなら,勝手にすればいい。」(文学界6月号掲載 pp88-89) 

2023-12-12

2023年12月,東京青山・八王子,「北宋書画精華」・「大シルクロード展」

 12月初まで開催されていた2つの展覧会で「馬」を見てきました。まずは根津美術館で「きっと伝説になる」というコピーの「北宋書画精華」展。その素晴らしさはいろいろなところで広く喧伝されているので,私ごときがあれこれ言うのはいらぬお世話(?)というもの。あくまで個人的に,是非見てみたくてそして感激したのはもちろん,李公麟の「五馬図巻」。

 実はこの図巻は東博で2019年に開催された顔真卿展で一度目にしていたはずなのです。はず,というのは規模の大きい展覧会で他にも見るものが多すぎて,まったく記憶にない。。当時の出品目録にもちゃんと黄庭堅や米芾と並んで「宋時代における顔真卿の評価」の章に掲載されていてます。

 同展のあとに,この図巻の公開についての詳細を知って,しまった,ちゃんと見てなかった,ととても残念に思っていたわけ。期待通りの美しい姿に感激でした。2022年秋に修理が終わり,東博の東洋館での展示もあったようです。

 蛇足ながら会場内はたくさんの観客で,中国からの団体客もいっぱい。中にはガラスの前で動かず,跋文を大きな声で音読する人もいて,何だか中国の美術館(博物館)に来ているような気分になりました。

 さて,八王子の東京富士美術館では「世界遺産 大シルクロード展」を。あまり馴染のない博物館からの出品が多いみたいで,期待度満点で出かけました。新疆ウイグル自治区博物館とかトルファン博物館とか,所蔵機関を見るだけでソワソワしてきます。陝西歴史博物館の文物の前では,おお,行ったよ!!と一人盛り上がります(単純)。

 そして「献馬図」(昭陵博物館)の前で思わず釘付けに。唐代(666)の作だそう。おお,もしや李公麟もこういう西域の遺物を目にして参考にしたかも,と時空を超えて妄想が広がります。絵葉書で雰囲気を。
 会場入り口には駱駝の剥製が2体。観客を西域へと誘います! いつか行きたいなあ。

2023-12-11

読んだ本,「坂本図書」

 「坂本図書」(坂本図書 2023)読了。坂本龍一は若い頃から大好き。音楽も彼の生き方も含めて,自分が生きる時代に「坂本龍一」が存在しているというのはとても嬉しいことだった。だからその喪失感は自分にとって小さくはない。こうやって少しずつ「取り残されていく」感覚が身についていくのだろう。

 どんどん神格化されていくようだけれど,ちょんまげカツラをかぶってコント番組に出演したり,オペラLIFEの初演のカーテンコールで気まずそうにしていたり,そんな姿も思い出してしまう。

 そんなちょっと年上の憧れの人の書棚を覗くようにこの本を読んでみた。「婦人画報」に連載されていたものを再編集したのだという。雑誌の読者層を意識しているのかいないのか,選書の幅が広くて面白い。どの項も興味深く,読んでみたい本が次から次へと登場する。

 八大山人と李禹煥の項には,大胆な余白と静謐な空間に惹かれる想いが綴られる。うんうん,わかるわかると勝手に共感して,恐れ多いことだと苦笑してしまう。

 「八大山人の画は,僕が今考える音楽に,大きなインスピレーションを与えてくれる。余白を埋めてしまうのではなく,空間,あるいは間,沈黙を活かすこと。音色のうつろいとしての墨の濃淡。決して幾何学的な計算からは出てこない枝,葉のフォルム。」(p.047)

 「李さんの作品は自然物をいつも使っている。川辺にある石と鉄板を一緒に置いたり,ガラスの上に石を落として割ったり。自然の”余白”と人間の身体性、そして技芸との複雑な対話で李さんのアートは成り立つ。僕が自分の身体と向き合い,切実な課題をもち,”余白”の大事さを知ったのは,紛れもなく,それを実践し続けていた李さんのおかげだ。」(p.054)

2023-12-09

2023年11月,韓国への旅(6),東大邱~仁川

 さて,3日目の夜は慶州から大邱へ移動して一泊。そして最終日4日目は東大邱駅からKTXに乗車! 今回,これが魅力的でツァーに参加したという人もいました。約2時間30分,快適な鉄道旅を楽しんでソウル駅に到着。

 あ。地方の古都めぐりもよかったけど,やっぱりソウルも楽しそうだ。国立中央博物館も行きたいし,現代美術館では今何をやってるだろう。骨董街にもまた行きたい。…いくら時間があっても足りません。また来よう。ツァーの皆さんのおかげで楽しい旅でした。

 蛇足ながら今回は買い物はボチボチ。ツァーなのでお土産店ではそれなりに。一番うれしかったのは石窟庵の側の売店で買ったこの数珠ブレスレットかな。朱色の玉に刻まれた梵字を解読しなくちゃ。

2023年11月,韓国への旅(5),慶州(石窟庵~仏国寺~古墳公園)~夜景(東宮・月池・月精橋)

 ちょっと古いけど2006年の芸術新潮8月号「韓国 未知の美と出会う旅」は丸ごと1冊,教科書みたいに韓国の美を教えてくれます。中でも「慶州 新羅の都へ修学旅行」という特集は今回の旅でとても参考になりました。韓国の修学旅行の定番は慶州なのだとか。

 まさにその旅程通り,慶州では石窟庵ソックラムから仏国寺プルグクサへ。吐含山の山腹の仏国寺をいったん通り過ぎて石窟庵はその山頂近く。駐車場から崖沿いの道を結構歩きます。お堂の後ろのドームの中に本尊の阿弥陀仏。前室からガラス越しに拝む姿は優しく慈愛に満ちている(気がします)。件の特集記事によれば柳宗悦がこの阿弥陀仏を見て「世にも稀な美しさに微笑んだ」と感動したのだとか。

 続いて仏国寺へ。こちらは1593年の文禄の役で日本軍により焼失,残ったのは石段や石塔だけなのだそう。胸が痛みますが,再建・復元された広い伽藍を歩いているとその華やかで静謐な美しさに心が洗われます。



 さて,夕食を済ませて夜の古墳公園へ。東洋最古の天文台という瞻星台は鮮やかな色にライトアップされていました。写真はピンボケです。。
 そして夜景の名所の東宮・月池・月精橋を散策。どこも色彩が華やかなんだけど,けばけばしくなくてとても上品です。慶州はとてもよいところでした。今回,国立慶州博物館に立ち寄れなかったのがとても残念。でも大体の様子がわかったので,次回は個人旅行で釜山から入って慶州にゆっくり滞在する旅をしよう!
 

2023年11月,韓国への旅(4),錦山~海印寺


 旅の3日目。清州を出発してまず向かったのは錦山国際高麗人参市場。まあ,ツァーだし,この手の立ち寄りスポットも止むを得まい,と思ったら意外にとっても楽しい。旅先の市場は盛り上がるという鉄則(?)があるのかも。お土産に購入した高麗人参飴も大好評だったのでした。

 さて,次は今回の旅の大きな目的の海印寺です。海印寺に行ってみたいと思ったのは2016年の韓国旅行の際に三星リウム美術館Leeum, Samsung Museum of Artで見たWisdom of the Earth展の写真展示。これは当時のパンフレット。表紙写真が海印寺大蔵経板殿です。
 他の写真も雪景色の中で撮影されたほとんどモノトーンに近い静謐な寺刹で,いやがおうにも期待が高まるのですが! 気持ちのよい晴天のもと,足を踏み入れたその場所は美しい色彩に満ちていたのでした。

 そしてもう1つ意外だったのが,大蔵経板殿の中には入れないということ。それはそうか。15世紀に再建されて以来,八万枚の板木が今日までずっと大切に保存されてきたのは最適な温湿度の環境があってこそ。どやどやと観光客が踏み入れてはその環境が台無しになってしまいます。

 ということで桟の隙間から中を覗き込んで写真を撮ってみる。今思い返すと,写真にちゃんと写るかばかりが気になって,ずらりと並ぶ版木をしっかり目に焼きつけてこなかったな。。痛恨だな。。もう一度行きたいです。
 さて,山を下りておいしい山菜料理の昼食を頂いて次に向かったのは,新羅の都の慶州です。

2023-12-06

2023年11月,韓国への旅(3),公州(公山城~国立公州博物館)~大田~清州

 午後は公州へ。都が扶余に移るまでの短い間,百済の都だったところ。「こうしゅう」と入力しても広州や光州とか変換される。あまり韓国観光ではメジャーではないのかと思いきや,美しく整備されたとても魅力的な都市でした。

 まずは錦江に面した古代城郭である公山城へ。復元された錦西楼に登り,市内を見渡す。何だかとても素敵なんだ。松の街路樹が通りに沿っているのが見えます。街路樹が松って日本ではあまり見ない気がする。ちょっと感動。

 さて,続いて国立公州博物館へ。今回の旅で海印寺の次に楽しみにしてたところ。というか,3日目の慶州で国立慶州博物館がコースに入ってると思ってたら入ってなかった(涙)なので,今回の旅行では唯一の博物館だったのでした。期待に違わぬ素晴らしい展示!

 1971年に発掘された武寧王陵の出土品を中心に常設展示と特別展示があり,今回は武寧王の崩御から1500年の特別展示が開催中で,息を呑むような発掘品の数々を見ることができました。

 王妃の金の耳飾りにくぎ付け。池澤夏樹の「パレオマニア」では新羅の発掘品とユーラシアの関係を取り上げていたが,百済にも同じようにスキタイ人の手によってユーラシアの文化が伝わっていたのだろうか。「ユーラシアの風 新羅へ」(古代オリエント博物館ほか編 山川出版 2009)を入手済。これからじっくり読んでみます。


 武寧陵からは日本製の翡翠の勾玉も発掘されたとのこと。必死で説明を読んでたら,ガイドさんが「あ,本当だ!日本産の翡翠と書いてありますよ!」と教えてくれた。日本と百済の深いつながりに感動。ミュージアムショップで図版の多い図録を1冊購入しました。ハングルのみ。さあ,これから韓国語勉強しますよ!

 さて,公州を後にしてむかったのは大田。ここではなんと,韓国一の人気のパン屋さん「聖心堂」へ。(そのためだけに寄った。)ガイドさんに言われるままに,あんドーナツみたいのを1つ買ってバスの中で食しました。確かにおいしかったです。名前の通り,教会に集う人たちにおいしいパンを提供したいと始めたのが店の由来なのだとか。
 そして夕刻に清州へ。文義文化財団地という伝統文化や伝統家屋を体験できるスポットを観光してから市内へ入り,市場を通り抜けて夕食のレストランへ。サムギョプサルの有名店らしかったです。(私は韓国料理はあまり得意ではないのです。。でもおいしかった。)
 市場ではチマチョゴリの専門店や青果店の鮮やかな色彩がたのしい。

2023年11月,韓国への旅(2),扶余(百済文化団地~定林寺址~扶蘇山城~落花岩)

 ツァー初日は夕刻に仁川空港着,そのままツァーバスで大川まで3時間弱移動して1泊。小型バスだったので4日間の行程中,ちょっときつかったです。。街中の食事場所や,大型車の駐車場よりも便利な場所まで入れるというメリットは大きかったけれども。で,大川は海沿いのリゾート地です。ここは宿泊だけで翌早朝に出発。久しぶりの異国の朝。

 この日はまず扶余へ。ここは新羅と唐の連合軍に徹底的に破壊されてしまった百済の旧都なので何も残ってない,と事前にいろいろ読んでいた通り,確かに当時のものはほとんど残っていません。しかし古代の姿を伝える手立てがたくさんあって,ああ,歴史を感じさせるよいところだなあ,というのが実感。

 百済文化団地(いわば再現展示のテーマパークです)では当時の姿そのままの泗沘宮や陵寺五層木塔などの繊細な姿を見ることができます。パンフレットによると,百済の建築は「質素ながらもみすぼらしくなく,華やかながらも贅沢ではなかった」と「三国史記」にあるとか。
 次に向かったのは定林寺址。唐の将軍によって「大唐平百済国」と刻まれたために勝利記念としてこれだけが残った,という石塔が残ります。現存する百済塔はこれを含めて二基だけなのだとか。近付いてその刻銘を見る。(はっきり読めます。写真は鮮明じゃないけど。)
 そして扶蘇山城へは白馬江の遊覧船で皐蘭寺側から上陸し,百花亭のある展望台へと登りました。この扶蘇山城は泗沘宮を防護した最後の砦ということで,一帯が世界文化遺産にもなっています。広いエリアに遺跡が点在しているらしいのですが,今回は白馬江に面したエリアのみの観光です。百花亭は落花岩から身を投げた宮女たちを追慕するもの。皐蘭寺も彼女たちを祀るために建てられたという説があるそう。祠堂の裏手には身を投げる女たちの姿を描いた壁画もあって,思わず手を合わせました。展望台からの静かな眺め。遊覧船からは落花岩を望むことができます。
  さて,午後は扶余から公州へ。

2023-12-02

2023年11月,韓国への旅(1)

 


 11月初に3年ぶりの海外旅行! 韓国へ3泊4日の短い旅に出かけてきました。ソウルは何度か訪れたので今回は百済・新羅の旧都を巡る歴史旅を楽しんできました。移動としては結構な距離で,ほぼ韓国縦断に近い。
 
 せっかくなので,海印寺の大蔵経版木も見たいし。ということで探してみたら希望通りのツァーを発見。個人では移動が大変なルートなのでこれは迷わずに申し込んで大正解。ただ,このルートを3泊4日はちょいと大変だったかな。そんなこんなをこれから写真を整理しながらアップしていきます。

 ところでアップが遅れた理由は2つ。1つはカメラの不調。だましだまし使っていたオリンパスのミラーレス一眼PEN3はもはや寿命みたい。あまりよい写真がないのです。がっかり。もう1つは帰ってきてから感染症に罹患。。すっかり復調するのに時間がかかって,つくづく歳を実感。