2017-03-26

2017年3月,東京東銀座,「三月大歌舞伎」 義経千本桜 渡海屋・大物裏  

  日々,淡々と暮らしているつもりでも,不思議なことが起こるもの。先週,職場の同僚との何気ない会話が歌舞伎の話題になり,そういえば1年くらい歌舞伎座にでかけてないなあ,久しぶりに歌舞伎を見たいものだわ,と言ってたその直後のこと。もう数年来ご無沙汰していた知人から,歌舞伎座の招待券があるのだけれど行きませんか,というお誘いが。嬉しいやらびっくりするやら。
  で,いそいそと3月大歌舞伎の昼の部にでかけていくと,なんと1階席!歌舞伎座の1階は初めて(国立劇場は2列目で見たことあり!)。日頃の行い云々よりも,一生分の運を使っちゃったんじゃないか,と思えてきました。

 さて,昼の部は義経千本桜の片岡仁左衛門に尽きます。なんとも凛々しく美しく,そして知盛の鬼気迫る見事な最後に思わず落涙。碇知盛は理屈を超えて好きなんだ。高校時代に見た(いったい何年前…)「子午線の祀り」で,知盛の「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」という境地があまりにも強烈に迫ってきて,それ以来,知盛はたまらないキーワードなのです。

  仁左衛門が血まみれ(かなりスプラッター感あり)で花道を進んできて舞台正面に立ったとき,そこにいるのはもはやこの世のものとは思われない,怨念と狂気の姿。しかし,安徳天皇が義経の手に渡ると安堵の表情に変わり,大物浦の崖上に駆け上がる姿には神々しさも感じられます。碇を背後に投げおろし,後ろ向きのまま飛び込む瞬間には思わず息をのむ。

 いやあ,やはり遠く3階から見るのとはまったく違う世界がそこにはありました。誘ってくれた知人に感謝感謝。最後のどんつくでは海老蔵の若旦那にうっとり。

 帰路は東銀座から日比谷に寄って出光美術館の「古唐津」展も鑑賞。奥高麗の深い美にもうっとり。至福の一日となりました。 

読んだ本,「永遠なる子供 エゴン・シーレ」(黒井千次)

 今なぜエゴン・シーレなのかと言えば,展覧会で見たわけでも公開中の映画に合わせたわけでもない。ただ,黒井千次の著作を読んでみたかったというそれだけの理由で手に取った。数多い小説のどれを選べばよいか分からず,なじみ深い芸術家の名前がタイトルのこの1冊を選んだ,というわけ。
  というのにはわけがあって,3月初旬に飯田橋文学会が主催している「文学インタビュー」の第10回ゲストが黒井千次氏だったのである。未知の作家の著作と作家自身に初めて接して,ひたすら面白かった,としか言いようがない。1932年生まれのその老作家は年齢をまったく感じさせない,矍鑠とした紳士だった。

 さて,エゴン・シーレ。クリムトとの関係,あまりに短い人生におけるいくつかの事件が淡々と語られるのだが,美術評論とも伝記とも違う。常に,ある一定の距離を保った冷静な「眼」の存在がシーレと読者をつなぐ。深く魅了されていながらも,「この芸術家の人生を俺の筆で描くのだ」という作家の矜持とも言えようか。

 「シーレにとっての『時代』とは,客観的にそこにあるものではなく,限りなく個人的な彼の生が呼び寄せた限りなく個人的な彼の時間であったのだ。つまり,『時代』とは彼の生の課題に他ならなかったのだ。だからこそ,彼は文字通りの『時代の子』であり得たのに違いない」(p.69より引用)

 (「動く大気の中の、秋の樹」(1912)に関して)「つまり,具体的にして抽象的なのである。立体的でありながら平面的なのである。不安を孕みつつも意志的なのである。というより,不安そのものの自立する様がしっかりと描かれている。こんなふうに生きたい,とシーレは思っていただろうか。もう誰も俺を変えることはできない,と樹木は呟いていただろうか。可能であるのは俺を根元から切り倒すことだけだ,と嘯きつつ,秋の樹は幹を静かに右に傾けて立っている」(p.150より引用)

 インタビューでの印象深い言葉の数々。「ものが言葉を表すのではない。言葉があって見えてくるものがある」「時間を意識した小説は情緒的になり,長編になる。空間を意識した小説が『群棲』(1984)」「小説を書く上で,経済成長期の「空間」の概念は,家族的な「時間」の概念に対して革命的だった」

2017-03-19

2017年3月,東京両国,「江戸と北京」展

  両国の江戸東京博物館で4月9日まで開催中の「江戸と北京 18世紀の都市と暮らし」展を見てきました。チラシに躍る「似てて,違って,おもしろい。」が何とも言い得て妙。

  チラシには「これまで清朝の芸術や宮廷文化に関する展覧会は数多くありましたが,北京の都市生活を江戸と比較する企画は,今回が初めてです」ともあり,確かに今まで見たことのあるような文物が並んでいても,その切り取り方の意図がとてもわかりやすくおもしろく,知的な興奮に満たされる展覧会でした。

 北京の文物は故宮博物院と首都博物館の収蔵品で構成されています。2012年に短い北京旅行を楽しみましたが,万里の長城や故宮を駆け足でめぐるツァーで,首都博物館はむろん,故宮も建物の見学がほとんどでした。文物の展示をもっと見たかったなあ。これは裏の景山公園から故宮全体を見渡したところ。故宮をもっとも美しく見れる場所,とガイドさんが言ってた。
  さて,展示の目玉は3本の絵巻です。江戸は日本橋の賑わう様子を描いた「熈代勝覧(きだいしょうらん)」(ベルリン国立アジア美術館)。北京は清朝の乾隆帝が1790年に80歳を迎えた際の祝賀の様子を描いた「乾隆八旬万寿慶典図鑑」(故宮博物院)と,「万寿盛典」(1717 首都博物館)です。

 「乾隆八旬万寿慶典図鑑」はとにかく保存状態がすばらしく,色彩が瑞々しい。国外初公開とかで,作成当時のままの梱包で日本に届いたのだとか。じっと眺めていると当時の北京にタイムスリップ!

 「万寿盛典」は康熙帝の60歳の誕生祝賀行事を描いた書物をつなぎ合わせて巻物状にしたもの。無彩色ですが,描写の勢いや画面の躍動感がとても魅力的。私の好みはこちら。これらを詳しく比較した図録の論文が読み応え十分です。(展示室内の画像3枚は博物館の特別な許可を得て撮影したものです。)
  展覧会全体は「江戸・北京の城郭と治世」,「江戸・北京の都市生活」,「清代北京の芸術文化」の三章構成になっていて,それぞれ印象に残ったものを。雍正帝の礼服。蓮の花の被せガラスの鼻煙壷(4点のうち)。八大山人の書画一幅。理屈を超えて好きなものは好き,というチョイスです。ああ,眼福。
  ところで,2012年の北京旅行の写真を見返していて,やはり5年も経つと記憶が曖昧なことを実感。故宮の内部は一体何を撮ったのか忘れてしまっています。こんなに朱の色が印象に残ったっけ?という写真が多い。遠い旅先の写真は,間違いなくそこに在ったもので,今もそこに在るはずのもので,でも撮った私は(おそらくは)二度とそこには立つことはないだろう,という証明のようなものだ。

2017-03-12

2017年3月,東京上野,春日大社展

  1月から開催されていた「春日大社 千年の至宝」展にやっとでかけてきました。奈良の都からやってきたご神宝の数々に感動。「千年の祈り」が今なお捧げられ続ける場所のエッセンスが上野に在るようです。

 第1章「神鹿の杜」から不思議な感動に包まれる。以前,確か白洲正子の蒐集品の展覧会で春日大社蔵の鹿島立神影図のポストカードを求めたことがあって,それを小さなフレームに入れて飾っていた1年間,何とはなしによい年だったなあ,という記憶があるのです。そんな超個人的な思い入れもあって,ありがたく鹿島立神影図や鹿曼荼羅を拝観。
第3章「春日信仰をめぐる美的世界」はだんだん神仏習合や本地垂迹の不思議な世界に惹きこまれていきます。鹿座仏舎利は江戸時代の作だそう。その愛らしく神聖な姿には,信仰を超えて人を魅せる美があふれています。

 第5章「神々に捧げる芸能」が個人的にはツボだったかも。雅楽に興味シンシンなこともあって,今まで見た番組の中で最高!だった「打楽」の装束を間近で見れたのは何よりでした。おお,毬杖(ぎっちょう)はこんなに大きいのか,とかあの管弦トランスが甦ってくる!とか一人で盛り上がる。

 東博の特別展ではすっかりおなじみの特設ショップで沈香と本葛も求めて,ああ楽しかった!春日若宮おん祭にいつか行ってみたい。