2023-05-02

読んだ本,「香港陥落」(松浦寿輝)

 「香港陥落」(松浦寿輝 講談社 2023)読了。久しぶりに松浦寿輝の小説を楽しんだ。目次には「香港陥落」と「香港陥落-Side B」と並ぶ。そしてSide Bの扉にはジェラール・ジュネットのこんな言葉が引用されている。「グレン・グールドは自分のレコードの1枚をある友人に送ったとき,B面は決して聴かないことをその友人に約束させたという」(p.104)

 「香港陥落」は1941年11月,12月,1946年の日付が,そして「香港陥落-Side B」
 には1941年11月,12月そして1961年の日付が並ぶ。日本人の谷尾悠介、英国人リーランド、香港に流れてきた中国人の黄の3人が気の置けない友人のようでありながら,互いの心の内を探り合うようなひりひりとした会話を繰り広げる。シェイクスピアの戯曲を平行世界として,それぞれの国の立場から「戦争」が,「統治と被統治」が語られていく。

 松浦寿輝の「半島」のベトナム料理のように,今作でも広東料理が魅力的に綴られる。匂い立つような鯉の丸揚げ。香港の裏路地の怪しげな料理屋の二階の卓に私は座っている。迷路のような廊下を進んで今夜はここに泊まるのだ。虚構へと足を踏み入れた瞬間,急いでページを閉じないと,私は現実に戻ってこれない。

 リーランド「今のこの収容所での生活も,世界各国の戦地で起きていることも,これ以上ないほど「シェイクスピア的」だと思っていたものだ。さしあたりこの戦争は終わったけれど,今後この世界に待ち受けている運命だって,善かれ悪しかれ「シェイクスピア的」なものとなるだろうさ。ともかくシェイクスピアのなかには何もかもがあるのだから。」に対する谷尾の独白「(略)あれやこれやを新たに発明し,獲得し,その獲得をいかに誇ったところで,人間は相変わらず人間のままだ。ときに機械と化したり動物へと退行したりしながら,しかし人間は結局人間でしかない。/そして人間は必ず死ぬ。「われらが不満の冬」の暗鬱を太陽のように輝かしいエドワード4世が吹き払っても,そのエドワード4世の王権はやがて弟のグロスター公のリチャードによって簒奪される。(略)」(pp.85-86)

0 件のコメント: