2019-04-29

読んだ本,「マシアス・ギリの失脚」(池澤夏樹)

 まだ肌寒い3月末のこと,飯田橋文学会の文学インタビューを聴講した(2019/3/25)。今回は池澤夏樹氏が登場!作家が選んだ代表作3点は「マシアス・ギリの失脚」(1993),「花を運ぶ妹」(2000),「双頭の船」(2013)。未読の「マシアス・ギリの失脚」(新潮文庫)に取り掛かる。文庫本620ページは,さらっと読み飛ばせるボリュームではない。しばらくの間,どっぷりと南洋に魂を預けた。
 
 ナビダード民主共和国の大統領マシアス・ギリが失脚するまでの物語。読者は冒頭から「なぜ大統領は失脚するのか」という疑問を抱いて読み進めることになる。マルケスの「百年の孤独」にも似たマジックリアリズム小説,とインタビュアー(ラテンアメリカ文学研究者)が指摘していた。 
 
  本を開くとまず,ガスパル島とバルタサール島の地図が見開きで挟まれている。思わずじっくり見入ってしまう。気分はほとんど機上の人。旅先の地図を眺める至福のひと時を味わいながら頁を繰る。すると件のインタビューの冒頭,池澤氏は小説を書くときに,「まず島の地図を書く」と!そう,だから読者はこの南洋の島に,小説家の描く世界に遊ぶことができるのだ。印象に残った一節。
 
  「予言に大小はありませんよ。それを使うものが大きくも小さくもする。それに,予言をできる者が知ったことのすべてを口にするとはかぎらない。すべての乗り物が目的地に到着するわけではないのと同じように」/それだけ言うと,リー・ボーの亡霊は消えた。(p.139より)
 
 この亡霊リー・ボーは実在の人物なのだという!(幽霊が実際にいるという意味ではないです。)巻末の参考文献に"LEE BOO OF BELAU"(D.J.Peacock)とあるでしょう,と作家がちょっとうれしそうな顔で話すのを聞いて,この日の興奮度はマックス。やはり作家の声を聴くのはexcitingな体験だ。
 
 さて,「花を運ぶ妹」についても語られる言葉のなんと芳醇だったことか。このバリ島を舞台にした小説は思い入れが深すぎるので,またいつかじっくり読み返してから,この日の作家の言葉を反芻することにしようと思う。インタビューの後,同書にサインをもらった。あまりに嬉しくて,帰りの電車の中でずっとにやにやしていた。

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