2022-11-23

読んだ本,「愛と幻想のハノイ」(ズオン・トゥー・フォン)

 「愛と幻想のハノイ」 (ズオン・トゥー・フォン 石原美奈子訳 集英社文庫 2004)読了。パラパラとめくった書評本で気になった1冊。手に取ってみると,表紙のアオザイ姿の女性のイラストがおしゃれで,すらすら読めるのかと思いきや,登場人物たちの欲望や葛藤が息苦しいほど。原作は1987年刊,英語版からの翻訳。

 1980年代のベトナムが舞台。信念を曲げた記事を書いたジャーナリストの夫を罵り,運命的に出会った音楽家への愛に目覚めた文学教師のリンが生きていく姿を描く。普遍的な物語ではあるのだろうけれど,国家権力と結びつくジャーナリズムや芸術家の葛藤など,ベトナムという国の社会的歴史的背景の一端を垣間見れて読後感はずっしり重い。

 この作家は日本での出版当時,執筆停止の状態だったという(訳者あとがきより)。雨のハノイに滞在した短い旅の日々を思い出す。美味しい食事と美しい手仕事の国という表面しか見ていなかった。命がけで文学に向き合う人の存在も知らずに。またあのホアンキエム湖を訪れてみたい

 勤務先の校長や生徒たちの心配する声をリンは聞く。「〈他人からの同情ほどいやなものはないわ、自尊心のある人間にとって。物乞いにほどこされるスープみたいなものだもの〉そうした思いに,暗い灼熱の地獄へたたき落とされた。同情は傷口を広げた。まだ血を流している,癒えることのない傷を。なぜなら人間のやさしさというのは,もの言わぬ動物か愛くるしい子どものようなもので,それにはリンも背を向けられなかったから。」(p.181)

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