2019-05-19

読んだ本,「島とクジラと女をめぐる断片」(アントニオ・タブッキ)

  タブッキの「島とクジラと女をめぐる断片」(須賀敦子訳 河出文庫 2018)を読了。タブッキにしては珍しくフェルナンド・ペソアの影が感じられない。小説のような,詩集のような,まさに断片集なのだが,地図や補注なども含めて,1冊の美しいまとまりとしての小さな本。文庫本の表紙カバーの写真は,ジャック・アンリ・ラルティーグのカラー写真! これ以上の1枚が存在するものだろうか。

 ゆっくりと読み進め,終章の「ピム港の女」にそれまでのすべてが流れ込んでいくような,まるでうねりのような読書の快感を味わう。「あたしの名は,イェボラス。」と女が言う。

 「あんた,人を裏切るって,どういうことが知ってるかい。裏切るっていうのはな,ほんとうの裏切りというものはだな,もうはずかしくて,じぶん以外の人間になってしまいたい,そういうことだ。親父に挨拶に行ったとき,おれは自分がほかの人間であればいいと思った」(p.120より)

 裏切りの意味を知る男が,大切な人を裏切り,そして愛する人に裏切られたとき,港で何が起きたか。クジラを殺す道具は何を殺したか。読者は息を呑んで,そこに立ち会い,そして言葉を失う。打ちのめされたように,港に一人,置き去りにされる。 

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