2020-11-13

読んだ本,「族長の秋」(ガルシア・マルケス)

 「族長の秋」(G・ガルシア=マルケス著 鼓直訳 新潮社 2007)を読了。何度も手にとり,何度も最後まで読んだつもりになり,しかし一体この小説は何なのか,とても言葉にするのが難しい。なんとなく書棚の前に立ち,呼ばれるようにこの本を手にして,秋の数夜を読書の愉悦に浸りつつ過ごした。そう,迷宮に導かれるとわかっていても,この書物を読むことは悦びであることに間違いないのだ。

 複数の語り手の声が錯綜し,「わたし」とは「わたしたち」とは一体だれなのか。1つの文の中でもその声は乱立するばかりか,改行なしに延々と文が続いていく。そして大統領の語る「わし」の声はどこにもとけこまないで迷宮の中をとぐろを巻くようにうねり歩く。

 そもそも大統領はこの小説の中でいつ生まれて,いつ死んだのだろう。私たち読者は何を読んでいるのだろう。答えはどこかにあるのだろうか。私はなぜ,この不思議な書物を何度も手にとるのだろう。

 新潮社「ガルシア=マルケス全小説」シリーズの1冊であるこの本には,「この世でいちばん美しい水死人」など6編の中・短編も収録されている。このシリーズの装丁はとても美しい。
 
 「しかし大統領は,涙のようにも見えるよだれの長い糸を口から垂らしながら,不吉な予感におびえて立ち上がったケッヘル卿を見ても,まばたきひとつしなかった。びくびくすることはない。それよりもわしに説明してくれ,なぜ,死をそんなに恐れるんだ。ホセ・イグナシオ・サエンス=デ=ラ=バラは汗のために型の崩れたセルロイドのカラーをむしり取った。バリトン歌手のようなその顔は醜くゆがんでいた。当然ですよ,とサエンス=デ=ラ=バラは答えた。死への恐怖はいわば幸福の埋火なのです。だからこそ閣下はお感じにならないのです。」(p.385)

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